2026.07.02

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もしも、あのときの英断がなかったら。「金森赤レンガ倉庫」がたどり着いた幸福な着地点

商業施設へ舵を切った NY帰りの6代目

1985(昭和60)年、6代目社長に就任したのが渡邉恒三郎だ。オリンパス光学工業(現 オリンパス)のニューヨーク支社・支社長〜本社専務を歴任した人物で、世界を見てきた豊かな見識と経営手腕に期待を寄せられていた。

6代目社長・渡邉恒三郎。ビールをこよなく愛する人格者だった。

しかし恒三郎にとって、このタイミングでの社長就任はスタートからイバラの道を歩くようなもので、初めから「営業倉庫からの脱却と変革」という大仕事が課せられていた。

明治期から守り続けてきた金森倉庫という歴史的資産を守りつつ業態の転換をはかるために、恒三郎が提唱したのが大規模な商業施設へと生まれ変わるための再開発。

営業倉庫として使っていた3棟の赤煉瓦倉庫を、かつて初代が情熱を燃やしたビール醸造所の流れをくむ「函館ビヤホール」、それまで函館になかったキャパ200名のイベントホール「金森ホール」、そして個性的な10のショップが連なる「クラシックモール」とする壮大なプランだった。

現在、金森商船株式会社の取締役であり総務部長の加藤寛さんが新入社員として入社したのは、ちょうど恒三郎が社長に就任したばかりのころ。転換期で大きく揺れていた当時の会社の空気を鮮明に記憶している。

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