2026.06.29
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というわけで、3番目に登場した「心理的安全性」から説明することにしましょうか。
まずですがこれは、とあるチームや組織、人間関係に注目したときに、その中で拒絶や非難といったマイナスのレスポンスに怯えることなく、安心して自分の意見を述べたり、不安無く行動ができるかどうか、その度合いを指して使われる単語です。
近年、この「心理的安全性」を高い状態で維持しようと注力する企業は、すごく増えたように思います。そちらの方が仕事もスムーズに行くし、何よりも働きがいがあるからです(これ、Google社の社内調査とかが有名ですよね)。
と同時に、その低下をもたらす要因であるハラスメントなどについては、厳しい目が向けられるようになりました。
にも関わらず、ハラスメントに苦しむ事案は後を断たないように思います。
原因の一端を担っているのが、1番最初に登場した「アンコンシャスバイアス」。
日本語にすれば「無意識の偏見」となるわけですが、これは、人間が自分でも気づかないうちに抱え、血肉にしてしまっている、様々な差別的な考え方や価値観のこと。
「男性同士の恋愛は気持ち悪い」という、「とうきび」さんの同僚の考え方は、おそらくこれにあたるものでしょう(いまだにこういう方いらっしゃるんだなぁ、残念)。
本人としてはそれが、社会的に当然のもの、言ってなんの問題もないことだと思っているんだろうね。
ですが、発信者に明確な意図がなくても、こうした差別や偏見というのは、行動や言葉というかたちで外部に露呈した瞬間、当事者はもちろんのこと、周囲の人たちに不適切な負荷を与えてしまいます。
それが2番目に登場した「マイクロアグレッション」(訳は「小さな攻撃」)。
この発生を防ぐ手立てをとり、各人のアップデートを促さないと、集団の「心理的安全性」はあっという間に低下してしまうのです。
この「マイクロアグレッション」については、悪気なく「おかま」「ホモ」という単語を使ってしまったり、異性愛者には聞かない質問(「どんなセックスするの?」とかね)を同性愛者に投げかけたりするというのが、事例としてよく取り沙汰されます。
ですが、お手紙から察する限り、「とうきび」さんのパターンも「マイクロアグレッション」を受けた事例だと言えるんじゃないかしら。
例1は、別のセクシュアリティではあれど、性的マイノリティの当事者の前で性的マイノリティを貶めているわけだし。
例2は、自分に対してではなくとも、外見による不当な扱い(世に言う「ルッキズム」ですね)が、性差別的な側面も伴って自分の職場で行われているのを目にしているのであって。
そりゃその同僚男性のこと、怖くなっても仕方ない。
だってある意味攻撃されている、あるいは今後その攻撃の対象になりうるって言われているのと、一緒なんだもの。
ヘイトスピーチ/ヘイトクライムや、ジェノサイドのように明確ではなくとも。
それらと地続きなかたちで、日常には差別が実際に存在しているし、それがひとつの組織のあり方までをも不健全にしてしまいかねないんだよなぁと、「とうきび」さんの話からいちゲイとして、あたしは思ったりしています。
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