2026.05.30
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はーいみなさん、ごきげんよう!満島てる子です。
突然ですが。
孔子は『論語』の中で、15歳、30歳、40歳などなど、それぞれの年代で自分が至った境地について書いていますよね。
なんだっけ、「三十にして立」って、「四十にして惑わず」だっけ。

でもさぁ、実際のところというか、大抵の人がじゃあその年齢で自立したり不惑の境地に至るかというと、おそらくそんなことは全然なくって。
むしろあたしの肌感覚で言うと、節目の年を迎えるたびに新しい悩みが出てきたり、自分自身のからだやこころの変化についていけなくなったり。
どちらかというと、ライフステージが進んでいくにつれて、デフラグもできないままに自分がどんどん断片化していく感覚があるのよね。
みなさんはどうかしら。
今回はそんな、年齢的な困難に抗おうと、もがき続けている方からのお手紙のようです。ご紹介します。


「なずなよなずな」さん、こんにちは。
まず、「死を意識することが多」いと素直に書いていただいたことに、敬意を抱いているとあたしは伝えたい。
正直なところ、あなたと同じように死について考えることが昔から個人的に多くて、それが大学で哲学を専攻したひとつの理由になっているのよね。
だからこそ、今回のお手紙を読んだとき、まずあたしは「その不安感、わかるなぁ」と非常に強く共感してしまいました。
お手紙送ってくださり、ありがとうございます!
(したっけラジオも聞いてくださっているとも書いてくれていました!とってもうれしいわぁ!)
「中年の危機」とはよく言ったものですが、心理学、特にユングの理論では、人生を太陽の周回運動になぞらえます。
それで言うと、40歳前後というのは例えるならば子午線通過の時刻。真昼の年齢。
その後はある意味、生涯の後半戦。
アフタヌーンからミッドナイトに向かっていくわけで、午前中に強まっていった光量(外側へのエネルギー)は、その勢いをひそめるようになるのが自然。
徐々に深まっていく独特のかげりと向き合い、強まっていく闇と付き合いながら、自分自身との自己対話を重ねていくことで、おのれの本来の姿を見つけていく時期だとされているようです。
なかなか面白い比喩よねぇ。
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