2026.10.18
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フランスから帰国した石田さんは札幌に戻り、ナチュラルワインに力を入れるレストランでソムリエとして働き始めました。
そのお店でシェフを務めていたのが長尾彰浩さんでした。
「長尾シェフの作る料理にワインを合わせることが、ソムリエとして本当に楽しかったんです」と石田さんは振り返ります。
ワインに関する経験値も増え、30代に突入し、充実した毎日…。
ところが3年後、また転機が訪れます。
長尾さんが店から独立することになったのです。
「一緒に働けなくなるのなら、これを機に私は東京でスキルアップを目指そう」
信頼する同僚の独立をきっかけに、自分も新しい環境で挑戦しようと考え、今度は札幌から東京へ移住。
星付きレストランや高級和食店などでソムリエとしての経験に磨きをかけました。
そしてさらに「新しい環境」へ一歩を踏み出します。
そのきっかけは「東日本大震災」でした。

次に選んだのは、経営の道。
少しでも故郷・秋田の力になれたらという思いで、浅草で秋田県の郷土料理「きりたんぽ」のお店をオープンさせました。
「きりたんぽの文化を残したかったし、浅草なら上京した秋田県人が立ち寄ってくれるかなと思ったんです」
しかし飲食店の経営は、簡単ではありませんでした。さらに店を始めて5年になるころ、新型コロナウイルスのパンデミックにも苦しみました。
「すごく厳しかったですね。東京の夏は売れないし…」
結局お店はたたむことにしましたが、それでも石田さんは「やってよかった」と話します。
「やったことがないことにもいっぱい挑戦することができたので。挫折したり難しいことがあったりしても、考える暇なく次のことがやってくるんですよね。だからなんかその流れに乗るみたいな」
その言葉通り、ちょうどそのタイミングで、長尾さんから連絡が入ります。
それは「北海道でワイナリーを手伝ってくれないか」という誘いでした。
「流れに乗る」と言いながらも、このときばかりは「実は正直すごく迷った」という、三度北海道へ移り住む…という選択。
次回の記事では、石田さんが北海道の地で見つけた、長年追い求めてきた生活とワイン造りの今についてお伝えします。
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文:菅谷環
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は取材時(2026年4月)の情報に基づきます。
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