2022.03.09

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広告掲載を断ってでも、守りたいものがある。函館のローカルマガジン、創刊100号へ

取材で訪れた、函館の商店街にある老舗。入り口に、ひとつの雑誌記事が、大事にラミネート加工して貼ってありました。その日は、一刻も早く屋内に入りたくなるほど、土砂降りの悪天候でしたが、私は店の前に立ち尽くして、文字がびっしり詰まった記事を、読みふけってしまいました。

さらに、その後に訪れた喫茶店でも、同じ雑誌が平積みされていました。手に取ってみると、無料で配布されているとは思えないほど、深く作り込まれた「読み物」がギュっと詰まっていて、ページをめくる手が止まらなくなります。

気がつけば、夢中でバックナンバーを読みあさっていました。お店の「看板替わり」として、入り口に飾りたくなるのも、納得です。

その雑誌の名前は、「peeps hakodate(ピープス ハコダテ)」。2013年に創刊した、函館のローカルマガジンです。

「peeps hakodate」の記事を、飾ったり、過去の号を保管したりしている店は、ほかにも多くあります。愛読している人がたくさんいて、発行してすぐになくなってしまうことも多いそう。

そんな人気雑誌が、2022年3月10日に、100号目を迎えます。それを記念して、「peeps hakodate」の吉田智士編集長にお話を伺いました。

地域に愛される理由には、100号にわたって貫かれてきた、こだわりがありました。

飲食店でも、興味があるのは「食べ物」より「人」

2人の男性の写真が大きく載った、「peeps hakodate」94号の冒頭を飾る記事。文章を読んでみると、彼らはサンドイッチ店を営んでいることがわかります。・・・が、写真はこの1枚だけ。サンドイッチの写真がないんです。

その前の93号を見てみても、クレープ店の店主に取材している記事なのに、店主の全身写真が1枚だけで、クレープの写真はありません。

左がクレープ店、右がサンドイッチ店。どちらも店主の写真1枚と文章のみ

なぜ、食べ物の店なのに、食べ物の写真がないのか・・・。

吉田編集長は、「人」を重視しているからだと話します。

「行ったことがあるお店でも、お客さんとお店の人の交流って、あるようでないと思うんです。ラーメン店だと特に、滞在時間20〜30分とかでしょう。店主がどんな人かわからずに時間が過ぎていく中で、人となりとか、あまり話してこなかった人生の経験とか、『人』に興味がある

食べ物の写真なしに、店の魅力を伝えるのは、とても難しいこと。そして、メディアで人に顔を出してもらうのも、難しいことです。みなさんの中にも、「匿名ならいいけど、実名・顔出しでインタビューに答えるのは、ためらう・・・」という人もいるでしょう。

一方で、「peeps hakodate」には、「人」を中心とした写真が数多く掲載されています。このことからも、「商品の写真なしでも、顔を出してもいい」と思われるほど、「人」に信頼されている雑誌であることが伺えます。

連載「街と、人と。」より (「peeps hakodate」94号)

先ほどの、サンドイッチ店の記事。写真が1枚しかないからこそ、2人の朗らかな笑顔と、店内の素朴な魅力がまっすぐに届きます。

文章の書き出しは・・・

「インスタグラムのビジネスカテゴリでは“中毒症関連サービス”と名乗り、その言葉通り、看板である『サバサンド』をはじめ繰り出すサンドイッチメニューは一度食べるとやみつきになるうまさ。立役者はスケーターでもある高瀬健太さんと、佐藤啓太さんの2人だ。」

中毒症・・・やみつき・・・スケーターでもある・・・?すでに、サンドイッチにも、2人にも、興味が湧いてきます。

連載「街と、人と。」より (「peeps hakodate」93号)

続いてクレープ店。店主のやわらかな雰囲気が、髪型から靴まで全身を見て伝わり、木の看板、積まれたレンガ、むき出しの電気系統、大きな時計、左端にクマ・・・。写真を見ただけで、「この人が作るクレープは、おいしいに違いない」と思えてきます。

クレープの特徴は、記事の最後で、「さて、」とついでのように話し出します。

「最大のポイントは『サクサク生地』であること。『サクッと歯切れよく食べられるクレープです。ただ、その特徴をしっかり堪能してもらうために、お買い上げのあとは出来るだけすぐに食べてほしい。うちならではのつくりたてのサクサク感、ぜひ味わってください』。」

クレープも、サンドイッチも、食べ物の写真がないのに、よだれが出る・・・。文章力と、写真の力が大きいからこそ、なせる技です。

(それぞれの記事全文はこちらから↓
・やみつき続出!海外で修業したサンド屋「HOTEIYA」の秘密 https://sitakke.jp/post/1275/
・函館に新しくできた古民家喫茶「街角クレープ」 https://sitakke.jp/post/1175/

広告掲載を断ってでも、守りたいもの

吉田編集長は、食べ物の写真を避ける理由を、もうひとつ教えてくれました。「料理の写真が出た瞬間に、広告らしくなるじゃないですか。それはもったいない。うちは広告と距離を置きたい媒体なんです」

無料で配布する雑誌には、広告収入は必要不可欠なはずなのに、「peeps hakodate」をめくっていくと、ほかのフリーマガジンと比べて、広告ページがほとんど現れません。

恒例の連載に、その号の特集・・・と読み進めて、中盤で現れた、笑顔の家族写真。

「来夢ハウス家づくりストーリー」(「peeps hakodate」94号)

これも恒例の連載で、いろいろな家族が、家づくりをしたいと思ったとき、まず何を考えて、何を大切にしていったかの物語が書かれています。

ほっこりする物語だと思って読んでいると・・・実は、これが広告ページ。

家全体の写真もなく、内装の写真が小さく3枚あるだけなのに、連載で届けることで「希望の家づくりにどれだけ寄り添う企業か」がにじみ出すのです。

「来夢ハウス家づくりストーリー」 (「peeps hakodate」94号)と、「顔が見える家づくり」(「peeps hakodate」99号)

別の、業者仲間とのチームプレーを大事にする企業は、「顔が見える家づくり」と題して、「足場」を作る人など、普段はあまりお客さんと接しない人にスポットライトを当てていきます。読者にとっても、家づくりの裏側を見られる面白い連載です。

吉田編集長は、「特集が終わって真ん中に来るページを、浮いたページにしたくない。純粋な広告は読者も飛ばすと思うし、完全にこっちのわがままで、企業側に合わせてもらってますね笑」と話します。

広告募集(「peeps hakodate」99号)

広告を募集する欄もありますが、「雑誌を続けるために収入が必要だから」というよりも、「せっかくいい店があっても、知られていないのはもったいないから」という想いが前面に出た文章です。

ただ、小さく「業種や内容によっては掲載の対象外」と書かれています。この「対象外」になるケースが、とても多いそう。

「断ったことも多い。それは雑誌の全体のトーンを守るためです」

1冊の雑誌としてのこだわりを守るために、広告さえも、「読み物」 に。

この広告連載がきっかけとなった成約もありますが、吉田編集長によると「それは稀。企業からの評判もわからない」。それでも、「創刊当初から毎月欠かさずこの広告を出してくれているので、それが答えかな」。

最新を追うより、変わらない想いを

連載「函館文化遺産」 (「peeps hakodate」95号)

ほかにも「peeps hakodate」らしさを感じるのが、「PEEPSが勝手に選ぶ 函館文化遺産」のコーナー。最新のトレンドを追いかけるよりも、古くから函館に伝わる郷土食「酢いか」の魅力を見直すなど、編集部が持つ「街への想い」が根底にあります。

連載「函館文化遺産」 (「peeps hakodate」91号)

「十字街アーケード通り」の記事では、撤去が進むアーケードを「残す意味」を淡々と綴ります。縮小されてきた街並みに、最近になって新しい店が増えてきたことを紹介し、「アーケードの老朽化は刻一刻と進んでいる。いつかはなくなる日がくるかもしれない。だが、決して今ではない。」と、想いを言い切りました。

吉田編集長は、「実際に撤去を止めるまでの影響力がなくても、意思表示だけはしておきたい。でも、声高に『壊すな』って言うのはpeepsのトーンと違うから、今になって新しい人が入ってきていると紹介することで、守りたいことが伝わればと思った」といいます。

(それぞれの記事全文はこちらから↓
・この時期の“すいか”と言えば?酒のアテに抜群の逸品いかが? https://sitakke.jp/post/1568/
・残したい函館文化【十字街アーケード通り】 https://sitakke.jp/post/532/

その確固たる想いは、函館の街だけでなく、「peeps hakodate」のあり方にも向けられています。

ことしの新年号。表紙に大々的に書かれた文字に驚きました。

「peeps hakodate」98号(2022年1月)

いったい何が悪いのか。」・・・100号を目前に控えた98号で、右下に「Happy New Year!」と書かれているのに、「めでたい!」というテンションではない・・・。

歴代の号で「評判が悪かった」号について、編集部は自信を持って発行したのに「いったい何が悪いのか」、改めて魅力を語っていく、という斬新な号でした。

「peeps hakodate」が人気になるにつれ、途中から読み始めた人や、反対に、手に入りづらくなったために読むのをやめてしまった人もいる中で、「自信のある号を知らないまま過ごされているのが悔しい」から、企画した号だといいます。

「丸く収まらないようにはしてますね。・・・賛否両論でしたけど笑」

読者からの声を載せるページも多い一方、反応を受け止めつつも自分たちの主張を貫くことに、「怖さ」はないのか・・・。吉田編集長は、「ないですねえ。何やったってクレームは来るから!笑」と表情をやわらげました。

「無視されるのが一番怖い。クレームが来るって、よっぽど好きなんだなってことでもあるので、ありがたいですね」

内容が詰まっていても、すらすら読める秘訣

「peeps hakodate」86号(2021年1月)

反対に、去年の新年号は明るい印象でした。丑年だったので、大きな牛。でも、よく見ると、「HAPPY NEW YEAR」の上に書かれた白い小さな文字が、変わった並び。

「peeps hakodate」86号(2021年1月)

拡大してみると、「Mt.HAKODATE」と書かれています。函館山の形にしているんですね。

右下にも、小さくクイズが。「さて、?の部位はなんでしょう?」。選択肢を読んでみると、クスッと笑える・・・。

この表紙のような、「雑誌だからこその、あそび心」が、中身にもたくさん詰まっています。

それは単純に、吉田編集長が「ふざけるのが好きだから」、そして、「あそびがないと、読んでいる側も疲れてしまう」からだそう。

以前には、「なぜ中華料理店の店主は痩せている人が多いのか」を調査するコーナーを設け、痩せている店主の全身写真を載せて、毎日何を食べているのか・どんな運動をしているのかを丁寧に書いたこともあったそう。

「意味ないし、役に立たない情報だとわかっていますけど、読者の手が止まるんですよね。『何これ』って思わせたい。ふざけてるのが嫌いっていう方もいるでしょうけど、そこはごめんなさいと言うしかないですね・・・やめませんので笑」

101冊目からの「peeps hakodate」

めでたく、創刊100号目。これからの意気込みを聞くと、「・・・ないんですよねえ。目標は『続ける』ことなんですよ」と、穏やかに笑っていました。

「続けられる前提で言わせてもらえるなら・・・別にうちの雑誌が、地域を活性化するとか、人の人生を変える力があるとは、みじんも思わない。

でも、みんなこの世の中、大変じゃないですか。仕事もプライベートも、やりたいことができなくて沈んでいる人が、ちょっとでもいい気分になれるような、隙間を埋められるような存在になりたいかな」

函館に古くからあるものを見つめ直し、懐かしんだり・・・知っていたはずの街の人の、知らなかった過去に触れたり・・・コロナ禍で発表の機会を失った文化人たちの、表現の場となったり・・・。

目まぐるしく変わる社会の中で、函館の文化の背後にいる「人」を大切にする「peeps hakodate」。大事に本棚にとっておいて、ふとした「隙間」に読み返せば、日常にある尊さに気づかせてくれます。

「ラッキーピエロとか、ハセガワストアって、函館からなくなることをみんな想像していないと思うんですよね。そんな、なくなるなんてあり得ない存在になりたい。・・・でもまずは、つぶれないことですね笑」

古くからあるものを大切にしながら、今を生きる人も大切にする・・・。「peeps hakodate」は、函館という街の魅力を発信するだけでなく、自身が街の魅力のひとつになりつつあるように感じました。

***
「peeps hakodate」の記事の一部は、Sitakkeで読むことができます↓
https://sitakke.jp/partner/20/

気になった方は、ぜひ誌面全体を。設置場所やバックナンバーの購入方法は、こちらのホームページでご確認ください↓
https://www.hakodate-t.com/peeps/#peeps-shop01
***

文:Sitakke編集部IKU

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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