2026.10.22
深める本間アナ)逢坂さんの見立てを考えると、自分たちを縛っているはずの憲法を、自分たちが都合のいいように、もっと動きやすいように変えようとしていると。
逢坂さん)法律に基づいて仕事をする人はね、国民の自由を制限したり義務を課したりすることができるんだから、どちらかと言うと「猛獣」に例えてもいいかもしれない。我々国民にとっては、危険なものに例えていいかもしれない。
ただ、その猛獣の存在が、社会に秩序を与えたり、ルールを決めて社会をうまく回したりしていくのではあるんだけれど、その人たちが青天井に自分の権限を振っちゃ困るわけだよ。
だから「猛獣が動ける範囲を定めた檻、それが憲法」なんだ。
その檻を変えられるのは、実は国民でしかないんだけれど、いまやっている議論は、中にいる猛獣そのものが、檻の枠を広げようとしていることに通じるかもしれないね。

藤田記者)自民党は「内閣の権限をいたずらに強化するものではない」「よほどのことがない限り使われない」と主張していますが…。
逢坂さん)「よほどのことがない限り」って、じゃあ「よほどのこと」って何なんだということを議論しなきゃいけない。国会答弁でいくら「安心してください」と言ったって、法律上の何の担保もないじゃないですか。
高市政権を見ていて感じるのは、①政府に対する監視機能を弱める、②政府の権限を強める、③政府の説明責任を回避する、という性格を持っているように見えて、これは相当危ういと私は思うんだな。
国旗損壊罪の議論だってそう。「不快」という個人の感情を罪にする基準にすれば、政府や裁判所の裁量が大きくなってしまう。
衆議院の予算委員会も例年の半分の時間しかやらなかった。補正予算3兆円の大半を使い道が政府の一存で決まる「予備費」に積む。これらはすべて国会の監視機能を弱め、説明責任を回避する動きですよ。
国民から見ても、本当にそれでいいんですかという思いです。
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