2026.09.19
暮らす
観測が始まった当時から気温や気圧、風向・風速、雨量など、さまざまな気象要素が記録されていました。
気象観測が始まった当初は1日3回の観測で、人が観測機器を確認し、一つ一つ記録していました。
1879年の気象観測原簿(札幌管区気象台提供)をみると、大切に保管されてきたことがわかります。
当時は午前7時、午後2時、午後9時に観測を行っていたようです。

北海道の天気予報の始まりは、1888年(明治21年)。
はじめは、東京気象台が予想した天気予報が北海道に伝えられていました。
ただ、当時の予報は青森県(陸奥)から北海道全域に対して一つの予報を出していました。予測精度もあまりよくはなかったようです。
少し時は進み、1892年(明治25年)。地方の気象台でも予報業務を行うことができるようになったことで、札幌独自の天気予報が始まりました。
明治の時代は天気図もまともになく、伝わる情報は東京からの短い予報の電文や観測した気温や気圧などの数値のみ。
そこで「朝焼けは雨」「夕虹は晴れ」のような天気に関することわざなども使って、予報を作成していたようです。

そんな人の手によって行われていた気象観測を大きく変えたのは、1974年に運用を開始した「アメダス(AMeDAS※)」です。
※地域気象観測システム「Automated Meteorological Data Acquisition System」の略
柵の中に、気温計や雨量計、風速計などの観測機器や通信設備が設置されています。
全国各地に設置されたアメダスによって、気温や降水量などの観測を人の手を使わず自動で行うことができるようになり、機械が休むことなく記録する時代に変わっていきました。
さらに、天気を見るのは地上だけではなくなります。

1977年には、静止気象衛星「ひまわり」が打ち上げられ、宇宙からも空の様子が分かるようになりました。
現在は「ひまわり9号」が日本の空を観測しています。
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