観光船沈没事故から7か月が経ちました。
「観光バスが消えた」、「売り上げは半減」…。
観光客の知床離れが進む中、関係者の信頼回復に向けた努力が続けられています。
おしりがつかえて、ガードレールをくぐり抜けられないヒグマ。
結局、ガードレールを乗り越え、お目当ての川に向かいました。
サケの遡上がめっきり減った川で、ごちそうにありつけたのでしょうか。
観光シーズンを終えたオホーツク海側の斜里町ウトロ地区。
流氷が接岸するまで静かな時が流れています。
自転車のメンテナンス作業に追われているのは、知床でサイクリングツアーを企画・販売する、「知床サイクリングサポート」の西原重雄(にしはら・しげお)さんです。
夏の観光シーズンを振り返りました。
「東日本大震災級かなと思う。従業員がいないので、とりあえず食いつないでいるが、従業員に給料を払うとなると食っていけない」
「知床離れ」で客は集まらず、知床以外のサイクリングツアーを企画するなどしましたが、利用客は例年の7割に満たなかったといいます。
「流氷ファットバイクアドベンチャー」。
スパイクタイヤを装着した自転車で、流氷が接岸した海岸を走ります。
外国人観光客向けの冬の主力商品として、3年前に企画した会心のツアーですが、「コロナがちょうど始まってしまって、ほとんどインバウンドは来なくなり、今年は更に遊覧船事故でダブルパンチ」だと話します。
「例年だと何件か予約が入る時期だが、今年は予約がない状況。早く次のステップに行けるように、地元の人がみんな集まって観光を盛り上げていきたい」
高級魚キンキをさばいていた、種田成司(たねだ・せいじ)さんです。漁船の元船頭で、海産物販売店「知床朝市大成丸」を営んでいます。
ことし、店先で回る魚に足を止める観光客はほとんどいませんでした。
傷がついたキンキを格安の1200円で販売していました。
漁師が命がけでとってきた魚を1匹も無駄にしたくないと始め、今では店の名物になりました。
今年の売り上げは、新型コロナの影響で落ち込んだ去年のさらに半分…深刻です。
種田さんは、「観光バスが全然来なくなった。大型バスね、見ないもね、あんまりね。修学旅行で秋口に少し来ていたぐらいで、ほとんど見なかった。そうだね、みんなに食べてほしいよね。いっぱい来てね」と話します。
観光客であふれるいつものウトロに戻る日を願いながら、キンキをさばきます。
4月23日。
観光船「KAZU Ⅰ」は乗客乗員26人を乗せ、ウトロ漁港を出発したあと、知床半島沖で沈みました。
20人が死亡し、6人の乗客の行方は分かっていません。
行方不明者の捜索と観光の再興。
関係者が複雑な思いに苛まれたシーズンでした。
一方で、新しい動きも出てきました。
「これも漂着物だと思います。幸か不幸か世界遺産の知床が受け止めてくれている」
地元のホテル「北こぶし知床」に勤める、村上晴花(むらかみ・はるか)さん。
日課は「ごみ拾い」です。
村上さんがごみ拾いを始めたのは、おととしの春。
ゴミをくわえるヒグマのニュースを見たのがきっかけでした。
ウトロ地区周辺の海岸線や国道を中心に、数人の友人と始めたごみ拾いは共感を呼び、地元住民や観光客を巻き込んだ「知床ゴミ拾いプロジェクト」に発展しました。
村上さんは、「人が住んでいるからこそ知床の自然が守られる。人が訪れるからこそ、人が来るからこそ知床の自然が守られる。そういった流れがごみ拾い活動を通じて生まれていけば嬉しい」と話します。
ごみ拾いのツアー化も検討されています。
知床のブランディングを手がける、「知床しゃり」の寺山元(てらやま・げん)事務局長は、「知床は海の世界遺産だと思う。流氷から始まる海と陸の命のサイクルがある。観光船が一手に海を感じてもらうアクティビティを担っていた。それがなかなか難しい厳しい状況になっている」と話します。
新たな海のアクティビティとして考案したのが、海岸トレッキングにごみ拾いを盛り込んだサステナブルツアーです。
拾ったごみも資源ととらえ、利用方法などを模索しています。
寺山事務局長は、「海岸を歩いてみませんか。ちょっと資源を拾ったらアップサイクルできるのではないか。そういった体験を提案できるようになるかもしれません」と話します。
知床を楽しみながらごみと向き合うツアーは、来年の商品化を目指しています。
斜里町役場に設けられた献花台に、新しいメッセージが添えられていました。
「はやく みつかってね。みつかったら いっしょに あそぼうね」
知床に、流氷が海を閉ざす冬が迫っています。
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部IKU
※掲載の内容は「HBCニュース」放送時(2022年11月24日)の情報に基づきます。
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