2022.10.01

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名前も知らない人の子を身ごもって…孤立した妊婦の未来を変えた、ある出会い【後編】

今年6月、北海道千歳市のコインロッカーで見つかった、赤ちゃんの遺体。逮捕されたのは、22歳の母親でした。

大きくなっていくおなかに誰も気づかなかったのか。
周りに支えてくれる人はいなかったのか。
赤ちゃんを殺して捨てる以外に選択肢はなかったのか。
赤ちゃんの父親も同じ責任を負わなければならないはずなのに、なぜいつも女性ばかりが責められるのか。
被告が犯した罪は許されないが、彼女を罰するだけではこうした事件は繰り返されるのではないか。

被告と同い年の新人女性記者が、ある孤立した妊婦の取材を通して考えます。

前編はこちら:「なぜいつも女性ばかりが責められるのか」孤独な”望まぬ妊娠”の末に【前編】

入社1年目・貴田岡結衣(きたおか・ゆい)記者(22)

最初は「中絶しかない」と思った

かずこさん(仮名)は、笑顔がかわいらしい、おしゃべりが好きな私と同世代の女の子です。

軽度の知的障害があり、高校卒業後は、就労支援A型で働いていました。(障害のある人に対して、働く場所を提供し、その活動を通して、能力を向上させることを目的とする福祉サービスの一つ)

しかし、友だちが着ている服がほしくなって、もう少し稼ぎたいと始めた仕事が性風俗でした。さらに友だちの誘いで、ホストクラブに通うようになります。

ある日、思いがけない妊娠が発覚。

父親として思い当たるのは、名前も連絡先も知らない、デリバリーヘルスのお客さん。ある日、「嫌だ」と抵抗はしたけれど、そのまま中に出されてしまったことがあったのです。

気づいたときには「妊娠5週目」。ホストも親身に相談にのってくれず、働いていたお店も「妊娠は自己責任」と冷酷な対応でした。

かずこさんは、おなかに赤ちゃんを抱えて、ひとりになってしまいました。

「中絶したい・・・」かずこさんの選択は?

かずこさん「どうしたらいいんだろうなって、おろしたいなと思ったけど、担当ホストに貢いでしまって、手持ちのお金がなかった。家族や周りからなんて言われるかわからなくて、怖くて言えなかった」

かずこさんは、妊娠したことを家族に知られたら絶対に怒られてしまうと思い、本当のことを打ち明けられませんでした。風俗店で働いていたことも内緒にしていたのです。父親との関係も悪化し、家を出ました。

しかし、中絶したくても、お金がなく、どうしていいかわかりません。そんなとき、風俗店で一緒に働いていた女性に教えてもらったのが、「にんしんSOSさっぽろ」でした。

かずこさんと「にんしんSOSさっぽろ」とのLINE

4月の朝、おそるおそるLINEにメッセージを送ると、まもなく返事がきました。住んでいる場所、職業、子どもの父親など、ひとつひとつ答えていきます。そして「リリア」に来ることを勧められました。ただし、当初望んでいた中絶にはお金と妊娠期間の問題がありました。

日本では、母体保護法により、人工妊娠中絶ができるのは、妊娠22週未満まで。妊娠初期(12週未満)と妊娠中期(12~22週未満)でも大きく変わり、妊娠中期の12週以降の中絶は、胎児も大きくなってきているため、死産届が必要になります。また母体への負担も大きくなり、自由診療のため費用は10~15万円もかかると言われています。

かずこさんが、「リリア」にきたのは、妊娠6か月(妊娠20週)ごろ。もう中絶できなくなる時期は近づいていました。そして、お金もありませんでした。

ここに来るまで、かずこさんの頭には「中絶」しかありませんでした。しかし、相談員から「特別養子縁組」や「里親制度」があることを伝えられたのです。

かずこさん「中絶しないで済むならそっちのほうがいい。赤ちゃんも生きているわけだし…」

ただ、知的障害があること、おなかの赤ちゃんの父親には頼れないことなど色々考えて、「自分で産んで、他人に育ててもらう」特別養子縁組を選びました。

中絶が唯一の道だと思っていたかずこさんは、「リリア」に来てはじめて、選択肢を持ちました。もし、「リリア」と出会えず、お金も頼る場所もなく、赤ちゃんと残されていたとしたら、どうしていたのか…

かずこさん「リリアがなかったらどうなっていたか・・・自分でもわからないです」

相談員の梅原さんは、当時の状況をこう振り返ります。

梅原さん「(LINE相談だけで話していたときは)つわりが重いって言って、なかなか連絡が来ないこともありました。そのとき、どうしたんだろう、大丈夫かなと心配に思っていたんですよ。こうしてつながって、『リリア』に来てくれて本当によかった」

実際、「にんしんSOSさっぽろ」の相談窓口では、かずこさんのケースのように、全ての相談が直接的な支援につなぐことができるわけではありません。LINEでは、顔と顔を突き合わせての相談ができないため、途中で連絡が途切れてしまったり、肝心なことを答えてくれず支援の施しようがなくなったりするケースも少なくありません。

「リリア」では、居場所を提供するだけでなく、かずこさんが自立できるように、相談員が料理や洗濯・掃除の仕方も教えてくれます。

料理をするかずこさんと、見守る相談員の梅原さん

「思いがけない」妊娠だったものの、「リリア」での支援によって、かずこさんは自分の人生を見つめ直すことができました。

もし、リリアがなければ、かずこさんも千歳駅での赤ちゃん遺棄事件の被告と同じ選択をした可能性もあったのだろうか…私はそんな考えが頭をよぎり、事件について聞きました。

かずこさん「今はなんでそんなことをするんだろうって思う。ただ、その人も、産んだらどうしようってなったのかもしれない。だから相談すればよかったのにと思う。色々な場所にこうした支援の場所ができてくれたら嬉しい」

「リリア」はかずこさんと赤ちゃんの2人の命を救ったといえる…かずこさんへの取材で私はそう感じていたものの、しだいに不安にも近い、ある疑問がわいてきました。

「支援に意味はあるのか」…そう思ってしまったのは、変わっていくかずこさんの表情を見たからです。

日に日に増していく、「母親」としての自分

7月下旬、かずこさんの黒い小さなリュックには、「安産祈願」のピンクのお守りと「おなかに赤ちゃんがいます」のマタニティマークがつけられていました。「お守りは、お母さんからもらったもの」と笑顔で話してくれました。

かずこさんは、「リリア」に来てから、家族との関係も立て直すことができました。

それまでは、家族に風俗で働いていることを話していませんでした。ただ、お母さんは、かずこさんの服装や持ち物の変化に、「風俗で働いていることを察していた」と後々話していたといいます。「リリア」に来て、出産の覚悟もできたころ、相談員と一緒に家族と話す機会が設けられました。お母さんは、かずこさんの決断をすぐに応援してくれましたが、お父さんは受け入れるのに時間がかかったといいます。それでも、今は両親とも応援してくれていると話します。

また、出産や生活のための病院や行政との手続きも「リリア」が手伝ってくれました。

月日が経つとともに、大きくなるおなか。

「『コウノドリ』っていうドラマで色々重ね合わせちゃって、すごく泣いちゃったんです」
「早く赤ちゃんに会いたい」

そう話すかずこさんの姿は、私の目には他のお母さんと何ら変わらないように映りました。

しかし、かずこさんは赤ちゃんの成長を見ることはありません。特別養子縁組は、子供との親子関係を完全に断ち切ってしまうため、二度と会えないのです。情がわかないように、産まれてすぐに母子は引き離されてしまいます。

8か月目の検診の日、病院で「産まれた赤ちゃんと別の部屋にする?同じ部屋にする?」と聞かれたといいます。同じ部屋だと離れられなくなってしまう人もいるということです。

かずこさんは同じ部屋で、最後まで赤ちゃんと一緒に過ごすことを選びました。

かずこさん「『ああっ』ってなるのはきっと事実だけど、どうせそうなるのだったらせめて、最後は赤ちゃんといたいから、『同室で』と伝えました。あと、赤ちゃんに何か、何がいいかは決めていないけど、何かあげようかなと思っています。赤ちゃんのためのお金も(札幌市から)もらったので」

別れが前提となった、我が子との出会い。

もちろんその悲しさも寂しさもありますが、自分が赤ちゃんを産んだことの証明として、けじめとして、別れるまでに最大限の愛を注いであげたい。

かずこさんのそんな優しさが、話しているときのほほえみから感じられました。

かずこさん「みんなが言う通りですね。だんだんおなかが大きくなってくるうちに、愛情が出てきたんです」

妊娠は、通常自分の身に起こらないことをたくさん経験します。好きだったものをいきなり受け入れられなくなったり、お酒や遊びを我慢しなくてはならなかったり、つらいつわりだったり。

私が一度かずこさんと取材で会う約束をしていたとき、約束していた前日に、おなかの赤ちゃんが逆子の可能性があることがわかり、緊急入院しました。そのとき、私はお産はリスクがつきものだということを改めて実感しました。

すべては、命を背負っていることの重みです。いくら自分で身ごもった命が愛おしいとはいっても、逃げ出したくなるような怖さやつらさもあるでしょう。悩んで出した結論でも、世間からは、産むだけ産んで無責任とか、そもそも性風俗で働くのが悪いとか、責められることもあります。おろせばいいと簡単に言ってしまう人もいます。

取材を通じて、私にはある疑問がわいてきました。

障害のあるかずこさんの身に降りかかった過酷な状況と、祝福されないまま迎えた妊娠。最後まで「望まない妊娠」で終わってしまうんじゃないか?
だとしたら産まれてくる赤ちゃんは「望まれていない」存在なのか?
かずこさんが「もしあのとき妊娠していなかったら」と後悔しているとしたら?
産んで、育てるというのか暗黙な正義の世の中で、支援を受けた先が「後悔」だとしたら、この支援は本当に必要なのだろうか?

聞くべきか迷っていた質問を、最後におそるおそる聞きました。

「産むという決断をしたことを、後悔していますか?」

かずこさんは、間髪入れずに答えました。

「後悔はしていない。これからは風俗の世界からぬけだして、前みたいに就労支援施設で働いていきたい」

きれいごとでもなく、嘘でもない口調でした。その言葉に「支援の意味」を実感して、ほっとした瞬間でした。

支援とは

赤ちゃんを身ごもることは、幸せなできごとのはず。そして、赤ちゃんは自分が何よりも大切に守らなければいけない命です。パートナーと2人で新たな命を授かったはずなのに、命の重さと社会的な責任を背負うのは女性ばかりになってしまうのは、女性は物理的に逃げることができないからです。

しかし、家庭や生育の環境、パートナーとの関係性などによって、孤立をまぬがれない妊婦がいるのも現実です。また、産んで終わりではありません。そこから先、子育てする自分の未来が見えず、不安に押しつぶされそうになり、「妊娠していなければ」「この子さえいなければ」と思ってしまう人もいるでしょう。

自分自身が生きていくだけでも精一杯なこの世の中。もう一人の命を抱えて生きていく妊婦さんを放置するのでなく、出産にまつわる情報や支援、居場所を提供すれば、様々な選択肢のなかから自分の意思で選んでいけるはずです。

赤ちゃんの遺棄事件が起きるたびに、女性を罰するだけで終わりにするのでなく、妊娠や出産をひとりで抱え込まなくていい社会にしていくことが、赤ちゃんの命も、妊婦さんの人生も救うための第一歩となります。「リリア」がそれを証明しています。

お盆が過ぎ、札幌の街を通り抜ける風に秋の気配を感じはじめたころ、かずこさんは無事に女の子の赤ちゃんを産みました。切迫早産が心配され、緊急入院し帝王切開になりましたが、母子ともに健康だということです。

産まれた赤ちゃんは、もうかずこさんの元にはいません。かずこさんが、赤ちゃんと過ごしたのは退院するまでの2、3日間だけでした。

かずこさんは、もう少しで、「リリア」を離れます。今は、働く場所を見学したり、次に自分が住む場所を探したりして、自立に向けた準備をしています。相談員の田中さんは「かずこさんは、元気で前を向いていますよ」と明るく話します。

「リリア」の取材を通して、支援とは、悩む人たちを「こうするしかない」と思い込んでしまう状況から救うことだと思いました。

ただ、「リリア」のような場所は全国的に見ても少ないのが現実です。悩む人たちの多くは、「リリア」のような場所に頼るという選択肢すら持ちえません。

困っている妊婦さんたちを本当に救うためには、妊婦さんの心と身体に寄り添う支援の窓口をもっと増やすこと。私たちが支援のこと知り、妊婦さんを社会全体で支えていくことが欠かせないと考えます。

私は、記者として、ひとりでも多くの人に知ってもらえることを願いながら、関心をもって伝え続けていきたいと強く思いました。

***
にんしんSOSさっぽろ
・ホームページ:https://ninshin-sos.com/
・電話やLINE、メールで24時間相談可能
・相談は無料
・匿名でOK、秘密厳守
・相談員は全員女性
・必要な場合、この相談窓口から「リリア」につないでくれます

文:HBC報道部・貴田岡結衣

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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