2022.10.31
暮らす秋、サケマスが川を上り、ヒグマがやってくる…
そんな状況が、札幌の住宅地でも起こる可能性が指摘されています。
自然の循環に、私たちはどう向き合えばいいのか。知床の試行錯誤と、札幌の現状から考えます。
連載「クマさん、ここまでよ」
【この記事の内容】
・札幌の住宅地にも、サケマスを食べにヒグマが来る?
・知床の「楽しい解決策」で見えたもの
・札幌では、あなたのまちでは、どうする?
サケマスの上る川に来る、ヒグマ。もし、札幌でも、そんな状況が生まれたとしたら?
酪農学園大学の佐藤喜和教授は、著書『アーバン・ベア となりのヒグマと向き合う』(東京大学出版会)の中で、豊平川や支流の真駒内川周辺で、サクラマスの産卵地点とクマの出没地点が重なっていることを指摘しています。
佐藤教授は、「クマが上手に取れるほどのサケマスの数がいるのか、取りやすい状況かは個別に見てみないといけないですが、そのサイクルがつながりそうな場所が人の生活圏のまんなかにあるのが人にとっては厄介ですよね。そういうところにクマが出てこないような環境づくりをしていくことが必要」と話します。
サケマスとヒグマの循環。自然のものではありますが、人が関係すると、課題も生まれます。
ある問題が起きたとき、その原因を「禁止」するのが早道かもしれません。でも、知床では、「制限した上で、楽しみもプラスしよう」とする試みが行われています。
10月2日。知床を訪れた人たちは、マイカーを駐車場に停め、バスへと乗り換えます。
9月30日から3日間限定で、マイカーでの移動を制限し、代わりにたくさんの「特別なバスツアー」を用意したのです。
このバスでは、知床財団でクマ対策にあたる、伊集院彩暮さんがガイドを務めました。
「サケマスを取るのが下手なクマがいるんです。水の中で目を開けるのが嫌なクマは、手あたりしだい飛びついて、水しぶきだけを上げてなかなかサケマスがとれない」と、最前線で知床のヒグマたちに向き合っているからこそ知っている話を教えてくれます。
クマはサケマスのほかにも、サクランボや、まつぼっくり、どんぐりを食べて栄養を得ていることや、ことしの実なりの状況、その状況によってクマの行動がどう変わるかを解説していました。
バスが終点に着き、伊集院さんが「ご不便をおかけしたバスデイズだと思うけどありがとうございました」と声をかけると、乗客は「ためになりました」と笑顔を見せます。
たくさんの企画の中でも、人気を集めたのは、ふだん、立ち入り禁止のエリアでのツアーです。
「岩尾別ふ化場」へ向かう車内で、知床財団の髙橋誠司事務局長は、「知床が世界遺産になったのは、海の栄養が森に伝わりそして森の栄養が海に還元されるその循環が自然にわかりやすく見られる場所だから。その循環を大きくつないでいるのは川を上るサケマスなんです」と話します。
サケマスが川を登り、クマが食べに集まる、自然の循環。400から500頭ほどのクマが暮らしている知床の、豊かさを象徴する光景でもあります。
しかし、そこに人が押し寄せると、渋滞や交通事故、さらに、クマの人慣れや人身事故などの危険が生まれるのです。
ふ化場に到着する直前、髙橋事務局長は、「見学中にクマが出てくることもあります。『クマいた』と我々に教えてください」とアナウンスしました。
ふ化場では、斜里町水産林務課の森高志課長が、サケマスの生態を解説しました。
「2回目の産卵をすぐするかというと、おなかの具合もあるので少し休んでから…」解説をしっかり聞こうと、森課長の近くに自然と集まる参加者たち。
実は遠くにクマがいたことに、髙橋事務局長は気づいていましたが、騒ぎ立てず、静かに距離をとります。
みどりの中に入るとき、森課長は「ほいほい!」と声を上げ、クマにこちらの存在を知らせます。参加者がカバンにつけていたクマ鈴の音も響いていました。
ツアーを通して、「世界遺産を楽しむマナー」も身に着けていきます。
東京から参加した人は、「ふだん入れないところに入れるのは貴重なのでありがたい」「専門家の解説があると見方が変わって面白い」と話していました。
バスに戻って、帰り道、突然「特別なツアー」ならではの瞬間が訪れました。髙橋事務局長が、運転手に「ちょっとストップ!」と声をかけます。
「いますね。魚をおそらく探しているんでしょう」
車窓から見下ろすと、遠くに小さな黒い点が。
ヒグマです。
ほかの車は来ないので、乗客全員がクマを見られるよう、1分ほど停車します。
髙橋事務局長は、「大型バスで視界が高いところだからよく見えますよね。通行止めしてバスしか走らないから停車して見ることができるんですよ。クマもクマらしく行動できるし、人も環境に優しく移動できるのは目指していきたい姿」と話していました。
動物たちがつなぐ、知床の自然。
その魅力を守り続けるための「ルール」を伝える、有力な選択肢が、「バスツアー」だと考えています。
知床財団の秋葉圭太さんは、“ヒグマ渋滞”などの問題が起きることについて、「観光客が悪い存在とは考えていない。ちゃんとルールがあって、伝える・守っていただく、その仕組みがないことが問題」と話します。
「知床にはヒグマがいる、サケマスもいる、それぞれの要素も魅力ですが、それが人工的にではなく、自然の中でそれぞれの生き物がつながっていて、自然な姿でふるまっているのが魅力だと思うんです。その自然を感じる体験ができる知床であってほしい」
クマと人の問題を解決するだけでなく、観光地としての、まちの魅力を守りたいという想いも、込められています。
知床の豊かな自然。動物たちだけでなく、知床財団の方々も、その自然と命を守り、未来へつないでいる一員なのだと気づかされました。
その熱い想いに触れると、観光客も、それを壊すのではなく、魅力を体感し、守る一員になりたいという気持ちが湧いてきます。
秋葉さんは、「野生動物は人間社会の映し鏡」とも話していました。「自然や動物は常に変わりますよね。人間社会も観光の形も、それに合わせて変わっていかなきゃいけない」
変わる必要があるのは、知床だけではありません。
秋葉さんは、「知床で起きている課題は、時間が経つと北海道全体に広がると思うんですね。タイムラグはありますが、ひとごとではないというか、野生動物との課題は無縁な人は誰もいないですから」と話します。
サケマスを求め、ヒグマがやってくる。札幌の住宅地ではすでに現実味を帯びています。
大都市でありながら、市民運動によって豊かになった、札幌の川やみどり。クマやシカ、キツネも住宅地に入り込むようになりました。
市民運動や市の方針が悪かったということではありません。効果があったからこそ、次のステップに進む時期が来ているのです。
酪農学園大学の佐藤教授は、「自然を大切にしよう、生き物を大切にしようという想いや活動がうまく運んでいるからこそ豊かなまち札幌がある。クマやシカ・キツネなど人間にとって不都合な要素をもたらす動物も身近になりましたが、一度ゴールに達したらすべて止まるわけじゃなくて、常に動いていますよね。時代は変化している中で、柔軟に対応していくことが求められている」と話します。
実は私自身も、子どもの頃、札幌で稚魚の放流に参加していました。20年ほど経った今、「サケマスとクマの接点が生まれるかも」と知り、たくさんの市民が関わり年月が経つ間に、それほどの効果があったのだと、感慨深い気持ちもありました。
そして、こうなることを考えずに自然づくりに関わってきた一員だからこそ、「豊かな川やみどりを保ちながら、クマとはどう距離を置くのか」、考えなくてはいけないという気持ちにもなりました。
稚魚の放流に参加したり、みどりの運動に参加したり、行動には移していなくても自然豊かなまちになることを望んだり…。「実は、いまの豊かな札幌を作り上げてきた一員だ」という方は、多いのではないでしょうか。
あのとき望んだまちの姿に近づいたからこそ、これからは、どんなまちにしていきたいか。
知床は、自然の循環を観光客も安全に見られる仕組みづくりを模索していく。
札幌の住宅地でもサケマスとクマの循環を受け入れるのか、さらに知床のように観光としての形を目指すのか、それともクマが来ないようにするのか。
あなたのまちでは、どんな暮らしが理想でしょうか。
何もせずに人にも動物にも悲しい結果を迎える前に、理想のまちを実現する方法を、考えてみませんか?
連載「クマさん、ここまでよ」
文:Sitakke編集部IKU
■ クマに会ったらどうする?札幌の“チカホ”に現れた「クマさん」たちが教えてくれたこと
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