2022.10.01

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「なぜいつも女性ばかりが責められるのか」孤独な”望まぬ妊娠”の末に【前編】

名前も分からない人の子どもを身ごもった女性。一度は、自らの命を絶つことも頭によぎるほどでしたが、ある出会いが彼女を変えました。

もし、彼女が妊娠をひとりで抱え込んでしまっていたら、たどりつけなかった選択。

新人女性記者が、思いがけない妊娠に悩む女性を支援する札幌市の団体と、そこに救いを求めた女性の姿を通して、孤立する社会で妊娠や出産までも独りにさせない取り組みを考えます。

入社1年目・貴田岡結衣(きたおか・ゆい)記者(22)

コインロッカーで見つかった、赤ちゃん

取材のきっかけは、ある事件でした。

今年6月7日、北海道の玄関口・新千歳空港近くの千歳駅のコインロッカーで、へその緒がついたままの赤ちゃんが、クーラーボックスに入れられ、死亡した状態で見つかりました。発見したのは、数日前からロッカーが使用中であることを不審に思った駅の清掃員。赤ちゃんは、死因がわからないほど損傷が進んでいたということです。

私はこの春に記者になったばかり。事件があった日は、警察担当として札幌市内の警察署を取材していました。午前9時半すぎ、キャップから「今すぐ千歳駅にいってくれ」と電話があり、JRに飛び乗りました。

JR千歳駅に着くと、出入り口付近は規制線が敷かれ、肝心のコインロッカーはビニールシートで覆われていました。正午すぎに規制線が外されましたが、傷も汚れもついていないコインロッカーは、そこに赤ちゃんの遺体が遺棄されたとは想像できないほど、どこにでもある光景に見えました。

事件から2日後、逮捕された母親は、私と同い年でした。

住所不定・無職の22歳。保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕され、後に殺人と死体遺棄の罪で起訴されました。

捜査関係者の話では、被告は、数か月前に北海道に来て、札幌市内のホテルやネットカフェを転々とする生活を送っていました。5月中旬、札幌市内のホテルで出産。赤ちゃんをホテルの客室の浴槽に沈めて殺害したということです。

被告は、出会い系アプリに書き込みをしていて、不特定多数との関係を求めていたとみられています。警察の取り調べに対し、被告は「妊娠してから一度も病院には行っていない」と供述をしていたということです。

取材をしながら、私の中に疑問が次々と浮かんできました。

大きくなっていくおなかに誰も気づかなかったのか。
周りに支えてくれる人はいなかったのか。
赤ちゃんを殺して遺棄する以外に選択肢はなかったのか。
赤ちゃんの父親も同じ責任を負わなければならないはずなのに、なぜ女性ばかりが責められるのか。
被告の犯した罪は許されないが、彼女を罰するだけではこうした事件は繰り返されるのではないか。

取材を重ねる中で、「思いがけない妊娠」をサポートする施設が札幌にあることを知りました。施設の取材を通じて、私は1人の女性と出会いました。

「思いがけない妊娠」に悩む女性の居場所「リリア」

私が訪ねたのは、札幌市東区にある「リリア」。居場所のない産前産後の女性を受け入れる居住スペースです。この春にできました。

開設してまもない室内は、白を基調とした部屋に、ピンクのかわいらしいアクセントタイルが並び、明るい雰囲気です。共用スペースはキッチン・洗面所・トイレ。パーソナルスペースはこぢんまりとしていますが、机とベッドがあり、短い滞在には十分です。

もちろん赤ちゃん用のベッドも備えています。ここには2人の妊婦さんが数週間から数か月ほど、安心して暮らせる次の場所が見つかるまで入居できます。費用はかかりません。

北海道にはDV(ドメスティックバイオレンス)から一時避難するためのシェルターはありますが、妊娠に関する専門の施設はほとんどありません。

この居場所ができるきっかけとなったのは、ある一人の女性の相談でした。

思いがけない妊娠の相談窓口「にんしんSOSさっぽろ」

「リリア」をつくったのは、札幌の社会福祉法人を運営する「麦の子会」です。「麦の子会」は、無料通信アプリLINEやメール、電話で妊娠の様々な悩みごとに24時間応じる「にんしんSOSさっぽろ」を去年6月にスタートさせました。

「にんしんSOSさっぽろ」ホームページ

「生理が遅れている」
「中に出されたかもしれない」
「妊娠したけど、ひとりで育てられるかが不安」

大切だけど、デリケートな内容なため、親など身近な人に打ち明けにくい妊娠についての悩み。ひとりで抱え込んでしまう女性も少なくありません。

「にんしんSOSさっぽろ」の開設から1年あまり。8月末までに寄せられた相談件数は、のべ950件にのぼります。中高生や男性からの相談もあるということです。また、道外から相談が寄せられることもありました。相談方法の中でも一番多いのはLINEで、半分以上を占めるということです。

LINEで友だち追加して、気軽に相談できる

そのうちの1件に、ある女性からの切迫した相談がありました。

電話越しに話す女性は、自分のおなかが大きくなっていることはわかっていましたが、妊娠何か月になるのかを知りませんでした。というのも、女性は妊娠がわかってから一度も病院に行っていなかったのです。

相談を受けたとき、もう時間がないと感じた相談員は、女性がいる場所にかけつけ、すぐに救急車を呼びました。女性は病院で無事に出産。周りに頼れる人も帰る家もなかった女性を、退院後に「麦の子会」の空き部屋に住まわせ、生活していくための手はずを整えました。

この出来事を通じて、女性が安心して赤ちゃんを迎えて、一緒に生きていく準備ができる居場所が必要だとわかったといいます。

助かるか、助からないかは「紙一重」

「リリア」に併設している事務所には、女性の相談員が待機しています。千歳駅の事件について、どんな思いを持ったのか、「にんしんSOSさっぽろ」の支援体制にどのような気持ちをもっているのか、2人の相談員に話を聞きました。

左側が相談員2人。手前が梅原さん、奥が田中さん

私「千歳駅での赤ちゃん遺棄事件。妊婦さんを支援する側としてどういう心境ですか?」

梅原 公子(うめはら・きみこ)さん「すごく悩んでどうしようもなくなって、産まれてしまったんだろうなって。同じ状況になったら私もそうしたかもしれないと思うとひとごとではない。そこでどういう出会いがあるかは本当に紙一重だと思う」

私「妊婦さんに向けて、どういったメッセージを届けたいですか?」

梅原さん「どなたにとっても、妊娠や出産、育児は楽しい部分もありますけど、大変な部分もある。そして、背景には色々な困り感がある。たとえば、経済的だったり、家族の背景だったり、色々な困り感を抱える妊婦さんはなおさら、孤立してしまうという状況が起こりうるので、そこを支えられればいいかなと思います。電話一本、LINE一本くれたらその先が変わってくると思います」

梅原さん

私「にんしんSOSさっぽろに相談しようか迷っている妊婦さんに何を伝えたいですか?」

田中 佳子(たなか・よしこ)さん「自分が予期しない妊娠をしたときに、ひとりで悩むのでなく、相談してほしいなと思う。ひとりで孤独に悩むと苦しくなっていくと思いますので、誰かに話すことで道が開けていくことがあります。SOSの窓口でも、気軽に電話でもLINEでも受けておりますので、24時間なので、ぜひ連絡してくれたらと思います」

田中さん

「麦の子会」が「リリア」をつくるきっかけとなった女性は、「もっと早く相談しようと思っていた。けど、できなかった」と話したそうです。この女性は、本当に差し迫った状況のなか、1本の連絡で最悪な事態を避けることができました。

もし、今妊娠したら?

もし、今自分が思いがけず赤ちゃんを身ごもってしまったら、誰に相談できるのか。どういう選択肢があるのか。心の底から喜べるのか。

当事者にならなければ、考えもしないことや知らない情報がたくさんあります。

たとえば、お金のこと。産婦人科で診療を受けるのにいくらかかるのか、入院費用はどれくらいかかるのか、仕事を休むとしたらその分のお給料はどうなるのか。分からないことって多いですよね。

妊娠や性教育は、学校で仕組みを説明されるだけで、親子の間でも、仲のいい友だちの間でも、なかなか話題にならず、知らないことがたくさんあります。

かずこさん(仮名)もそんな一人でした。

検査薬ではっきりと出た2本線・・・医師に告げられた「妊娠5週」

かずこさんに私がはじめて会ったのは、6月末。2回目に「リリア」をおとずれたときです。かずこさんは、笑顔がかわいらしい、おしゃべりが好きな、私と同世代の女の子です。

このとき妊娠6か月。おなかは、赤ちゃんがいるとはっきりとわかるくらいに大きくなっていました。かずこさんが、「リリア」に来たのは、2か月前のことです。

会話していても、私はすぐにわかりませんでしたが、かずこさんには、軽度の知的障害があります。小学校に入学当初は、通常の学級に通っていましたが、次第に国語や算数の授業についていけなくなり、特別支援学級と行ったり来たりの状況に。高校は養護学校に進学し、陸上部で楽しく活動していました。そして、卒業後は、就労支援A型で働いていました。

就労支援A型とは、一般企業で働くことがなかなかむずかしい障害のある人に対して、働く場所を提供し、その活動を通して、能力を向上させることを目的とする福祉サービスの一つです。

かずこさんは、型枠をつくったり、清掃をしたりしながら働いていました。しかし、賃金は少なく、気分的にも体力的にも、なかなか仕事に行けないことも続きました。一方で、一緒に遊ぶ友だちが着ている服が欲しくなって、もう少し稼ぎたいと思うようになったといいます。そこで選んだ仕事が、性風俗でした。

私「風俗で働くことに抵抗はありましたか?」

かずこさん「最初はありました。だけど、お金を稼げる方法というのが、風俗しか知らなかったんです」

風俗で働く―かずこさんは、そう決めてからTwitterで自分なりに調べてみると、お店で働くのか、出張にいくのか、コンセプトがあるのかないのか・・・風俗にも色々な種類があることを知ります。かずこさんは、女の子がコスチュームで顔を隠してサービスする店で働き始めました。前よりお金が稼げるようになって、服やかばんなど自分のお金で買うようになりました。

そんなかずこさんの生活をさらに変えたのが、ホストとの出会いでした。友だちの誘いでホストクラブに通うようになり、自分の担当ホストに会えたときの喜びは、ひとしおだったと話します。

ただ、ホストに会いにクラブへ通うには、あたりまえだけどお金がかかります。10万円以上するシャンパン、100万円くらいのシャンパンタワー、好きな人に会うために可愛くなりたいという気持ち。お金はいくらあっても足りません。

アプリのスクリーンショット

かずこさんは、私に記念日を記録するアプリのスクリーンショットや、当時の写真を見せてくれました。幸せそうな表情でうつるかずこさん。しかし、その後に経験したことを、かずこさんは複雑で暗い表情をにじませながら話してくれました。

かずこさんは、働いていた風俗店からの指示で、「出稼ぎ」の仕事をするようになりました。出稼ぎ先は、札幌市から車で6時間近くかかる釧路市や、時には泊まりこみで道外まで。また、より稼ぎのいいソープランドとデリバリーヘルスのかけもちもしました。生理が予定より早く来ると店長から怒られたり、好みの女の子が来なかったからといって客に落胆されたり、出稼ぎ先のホテルが異常に汚かったり。

そんな彼女を支えたのは、「ホストに会える」「ホストの喜ぶ顔が見たい」という思い。かずこさんは、心のさみしさをホストで満たしていたのではないか…私の目にはそううつりました。

ホストに通いはじめて、1年も経たないころ、かずこさんの身体に異変が起きます。

生理が予定日に来ない。
吸っていたたばこを身体が急に受け付けなくなる。

「まさか」と思い、妊娠検査薬を購入し調べました。案の定、2本線がでて、妊娠が判明しました。

「どうしよう、どうしよう」

父親として思い当たるのは、名前も連絡先も知らない、デリバリーヘルスのお客さん。ある日、「嫌だ」と抵抗はしたけれど、そのまま中に出されてしまったことがありました。自分でも意味がないとは分かっていながら、妊娠しないことを願いながら、シャワーで洗い流していました。

はじめに妊娠を打ち明けたのは、自分が気持ちを寄せていたホストでした。優しい言葉をかけてくれたり、助けてくれたりすることを期待して電話をかけました。しかし・・・

かずこさん「妊娠しちゃったかもしれないんだよね」

担当ホスト「想像妊娠っていうのもあるんだよ?それじゃないの?」

かずこさんはホストが「想像妊娠」をどういう意図で口にしたのかわかりませんでした。ただ、自分のことを本気で心配していないことだけはわかりました。

つらい思いを耐え、いままで計100万円以上をつぎ込んできたのも、全部彼への愛だと思っていたのに。ホストに「お金がない」との相談もしましたが、消費者金融を勧められる始末。かずこさんは笑い流しながら話します。

かずこさん「最初本当に死にたくなっちゃいました。まず、ホストに言われた『想像妊娠』がグサッと心に刺さって、なら死んだ方がいいのかなって。でも、どういう風に死んだらいいんだろうと思って」

ひとりで病院に行き、医師から告げられたのは、「妊娠5週目」。働いていたお店は「妊娠は自己責任」と冷酷な対応でした。次々と突きつけられる現実に、かずこさんは途方に暮れました。

「中絶するしかない」
当時のかずこさんには「中絶」という選択肢しか頭にありませんでした。
「どうしよう」と悩む日々。いつも通りの生活が送れなくなっていって、妊娠を嫌でも実感する日々。

そんなかずこさんを救ったのは、リリアとの出会いでした。

後編につづく:名前も知らない人の子を身ごもって…孤立した妊婦の未来を変えた、ある出会い【後編】

***
にんしんSOSさっぽろ
・ホームページ:https://ninshin-sos.com/
・電話やLINE、メールで24時間相談可能
・相談は無料
・匿名でOK、秘密厳守
・相談員は全員女性
・必要な場合、この相談窓口から「リリア」につないでくれます

文:HBC報道部・貴田岡結衣

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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