2026.11.05

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【函館】たった一文字に秘められた激動…国が地名を変えた過去の歴史と決意とは

北海道屈指の港町「函館」。

実は昔、国によって地名が変えられた歴史があるのをご存じでしょうか?かつて使われていた竹かんむりの「箱」から「函」へ。一文字の変更に秘められた、激動の歴史と決意の謎に迫ります。

みなさんが抱えている「なぜ?」「どうして?」を調査する、HBC「もんすけ調査隊」。
「函館は昔、国に名前を変えられたと聞きました。詳しく調べてください」という依頼を受け、調査員は函館へ向かいました。

函館市民に「函館の名前が昔、変わったと聞いたことは?」とたずねると…

「函館の『函』の漢字が違うみたいな」
「なぜかまでは、わからない」

函館の「函」には、もともとは別の文字が使われてきました。
その痕跡は、マチのシンボルに今も残されています。

江戸幕府が築いた星形の城「五稜郭」の中心に建つ「箱館奉行所」。
今とは違う、竹かんむりの「箱」が使われています。

箱館奉行所の坂本美奈子館長に理由をたずねると、「役所で仕事をしていたのが『箱館奉行』。その役職名が竹かんむりの箱だった」と話します。
この竹かんむりの「箱」が、幕末の正式な表記でした。
2010年に復元された奉行所にも、その文字が受け継がれています。

では、そもそもなぜこの文字だったのでしょうか。

坂本館長は「室町時代に河野政通という豪族がいて、その人が住んでいた場所が箱型の建物だった」と教えてくれました。

函館山から港へ下る基坂(もといざか)の途中にある案内板が、マチの始まりを伝えています。

時は室町時代、1454年ごろ。
津軽から渡ってきた河野政通らが、函館山の麓に「館(やかた)」を築きました。

河野政通築城館後之図 函館市中央図書館所蔵

土壁に囲まれた館の姿は、沖の船から見ると、まるで「箱」。
そんな「箱のような館」から、「箱館」と呼ばれるようになったといいます。

では、いつ「函」の文字に置き換えられたのでしょうか。

HBC報道部

毎日の取材で「気になるニュース」や「見過ごせない事案」を、記者が自分の目線で深掘り取材し、「ニュース特集」や「ドキュメンタリー」を作っています。また、今日ドキッ!の人気コーナー「もうひとホリ」「もんすけ調査隊」も制作しています。最近は放送にとどまらず、デジタル記事、ドキュメンタリー映画、書籍など、多くのメディアで展開して、できるだけたくさんの人に見てもらえるよう心掛けています。北海道で最初に誕生した民間放送の報道部です。

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