2026.04.20
食べる
創業者は、まゆみさんの父・古屋 靖義さん。
独立する前は、札幌の洋食店で修業をしていました。
まゆみさん:「そこのレストランで『きしめんを出したい』となって…」

父の靖義さんはレストランのシェフのつてで、きしめんの本場・名古屋ではなく大阪できしめんの修行へ…
2年間で技術を習得し札幌に戻ってきましたが…

まゆみさん:「きしめんの機械を扱えるのが父しかいなくて、そのまま機械を譲り受けてススキノで商売を始めた」

こうして、関西仕込みの出汁がきいた「きじやのきしめん」が誕生しました。

客:「あっさりしているんですけど、ガツンとくる。出汁がきいていて」

客:「ちなみにこれからおかわりを。おいしかったので」

まゆみさん:「最初の頃は全然、昭和42年のススキノではきしめんは受けなかったらしいです。かなり苦労したとは言っていました。洋食に未練があったのか、店でオムライスとかを作ってだしていた時代もあったみたい。」

店を移転したのをきっかけに口コミが少しずつ広まり、軌道に乗っていきました。

一方で由章さんは、札幌で日本料理店に勤めていました。
そのころ、客として『きじや』を訪れまゆみさんと出会い、結婚します。

由章さん:「元々、親父の方から『いつか手伝ってくれたらありがたい』と言われていて」

その後、父・靖義さんが体力面を考え、昼営業中心に切り替えることを決意。
昼営業がしやすい桑園へ…新たな場所での再出発でした。

由章さん:「桑園でスタートして、私もいたんですけど、私は3カ月で辞めました。仲が悪いとかではないんですけど、仕事上の考え方が大分違ったんで、これはもう無理だなと。前かけバーンと投げて『きょうで辞めて帰るから』と言って直ぐに帰った」

まゆみさん:「拭き掃除をしていたら、歩いていくのが見えたから『あれ!?』と思って、父ちゃんに聞いたら『由章辞めるって』『オープン5分前だけど!』みたいな」

こうして由章さんは、氷職人として新たな人生をスタート。
別々の道を歩むことになりました。

由章さんが店を辞めてから、19年後。
再び、父から連絡が…
由章さん:「親父がちょっと疲れてきたから。簡単に言ってきたからね、電話で」まゆみさん:「最初電話だったよね」

由章さん:「『やってくんない?』って。喜んでいたから良かったのかなと」
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