2024.05.15

暮らす

「クマがお母さんを連れて山に…」消えていく母の声 息子が残した肉声に、子孫たちが向き合う

與四郎の母・うめは死亡。父は重傷を負いました。

與四郎の傷も深く、地元の医師は助からないと判断。
「死亡した」と記録されています。

しかし実は札幌の病院に運ばれ、奇跡的に一命を取り留めていたのです。

当時の樺太に渡り、洋服店を営んでいました。

子どもは6人。終戦直前に北海道に引き揚げます。

孝は、「(父の)傷はしょっちゅう見ているがじゅくじゅく。背中の一番高いところが膿んで直って化膿して直っては化膿して何十年過ごした」と話していました。

與四郎は1986年、80歳まで、その生涯を全うしました。

「死亡した」と書かれた町の資料も、これを機に書きかえるということです。

先祖を襲ったクマは、その後駆除されましたが、ハンター2人も死亡、1人が重傷を負っています。
あわせて4人が死亡、4人が重傷を負ったことになります。

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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