⇒■(第1話)脱皮に苦しむ元産炭地【連載】夕張は倒れたままか?
高校が街からなくなると、10代後半の世代が減るだけではなく、進学を控えた子どもの家族がまるごと都市部へ転出することを加速させることにもなります。そのため過疎地での高校の「魅力化」は、以下の3点を同時に進めることが成否を左右するとされています。
⑴ 授業に地域を舞台にした産学一体の探究型学習を盛り込むこと
⑵ 全国募集の生徒を受け入れる寮を設置すること
⑶ 課外学習ができ、学校でもない家庭でもない第3の居場所にもなる公設塾を設けること
夕張市の場合、⑴については、夕張メロンの輸送に関わる課題を、高校が農家や大学と連携して解決策を探る取り組みを進めています(*第1話で詳述)。
⑵については、市が運営する公設塾「キセキノ」が夕張高校から徒歩5分の隣接地に設けられ、高校生らが放課後、利用しています。「キセキノ」という名称には「奇跡(諦めずに事を起こす)」「軌跡(歴史や財産を重んじる)」「輝石(光り輝く)」の3つの意味が込められています。
特徴の一つは、生徒一人一人にカリキュラムが作られ、専任の講師2人がそれぞれのリクエストで個別に指導していることです。もう一つは、教室が札幌の学習塾や社会人らとオンラインで結ばれ、多様な教科の指導や社会学習を地方に居ながらにして受けることができることです。これらは学力の向上と地域で閉ざされがちなコミュニケーション力の習得を目的に行なわれていて、生徒は月3000円で利用できます。
今春、夕張高校を卒業した工藤正弥(くどう・まさや)さん(18歳)は「『キセキノ』がなかったら希望校に進学できなかった」と話します。
「おじいちゃんが市内のお寺の住職で、将来はそのお寺を継ぐつもりで、進学は東京の仏教系の大学を予定していました。正直なところ、そんなに勉強しなくても合格できるかなと思っていて、生徒会もやっていたので、3年生の夏が終わっても受験勉強はまったくしていませんでした」
「ところが2年生の時に経験した小学校でのインターンシップで、教育者になることに興味が湧いていました。でも、住職になることがほぼ決まっていたので、なかなか言い出せず、モヤモヤしていました。その後、家族の理解を得ることができて、急きょ進路変更し、体育祭が終わった3年生の10月から『キセキノ』で先生にわからないところを聞いたり、オンラインで猛勉強したりして、志望校になんとか合格することができました」
工藤さんは4月から北海道教育大学釧路校に進学して、小学校の教員になることを目指しています。夕張高校はここ数年、国公立大学に進学する生徒をコンスタントに輩出しています。
「授業はおやつを食べながら、雑談ばかりになる時もあるんです」
東京生まれでカナダ育ちの菅原藻泳(すがわら・もえ)さん(35歳)は、「キセキノ」の講師の一人で英語を主に担当しています。夫の故郷が夕張市だったことの縁で4年前から住み始め、その後講師となって、工藤さんには受験科目の英語のリスニングをネイティブスピーカーとして指導しました。
「魅力化プロジェクトでは、英語の習得に力を入れています。しかし単なる語学力の向上だけでははく、視野を広げるツールとしての英語を伝えたいと思っています」
「英語を話せばグローバル?というような風潮を感じるのですが、それはまったく間違いです。保育園から小学校、中学校、高校まで同じ人間関係で育って来た夕張の子どもたちに、外の世界もあるよということを伝えることができればいいなと思っているんです」
「ここが、学校でもない、家でもない、もう一つの居場所として、私たち大人に会える場所にできればいいなと思っています。先生にも親にも言えないことって、この年頃にはあるじゃないですか?そういう話もできる空間にしたいなと思っているんです」
「キセキノ」では去年12月、初めて英語スピーチコンテストを行いました。その狙いは英語力の向上を図ることに加えて、「自分の考えを言語化して、人前で発表するコミュニケーション力をつけること(菅原さん談)」が目的でした。
コンテストを見守った教員や家族からは「えっ?あの子がこんなに表現できるの?」と、生徒の意外な一面を見る機会にもなったとする声があったそうです。
菅原さんは今後、「教室から出て課外授業をもっともっとしたい。生徒に学力だけではない豊かな経験をしてもらい、成長してほしいんです。学力を向上させることだけが、私たちのミッションではないと思うんです」と話します。