「私、公式では身長175cmと言っていましたが、実は174cmなんです(笑)。パリ・コレのモデルは175cm以上じゃないと出られないんですけどね。だからステージでは175cm以上あるように見せる動きをするのに必死でした。そんなチビな私でもパリ・コレなどの世界の舞台に立てたのは、山口小夜子さんのおかげです。あの方が世界中で認められたことで、ファッション界にオリエンタルブームが起きて、私たちに追い風が吹いた。ちょうどその波に乗れたのは幸運でしたよね」
2020年、熱海を拠点にモデルの後進指導を行っていた田中さんは、今年101歳になる元気な叔母が暮らす函館へ戻った。
現在は、時折ウォーキング指導の講師をしたり、昨年は障害をもつ人たちがモデルを務めたユニバーサルファッションショーのランウェイ指導も担当。
「熱海にいたとき、街ぐるみで『熱海コレクション』という大きなファッションショーを企画して、それが大成功だったんです。一般の方々が大勢モデルとして出演して、すごく楽しかった。それを函館でできないかなって。クラウドファンディングでもやってみようかな(笑)」。
田中レーヌさんが敬愛してやまないファッションモデル・山口小夜子(2007年没)。1970年代以降にパリ、NYコレクションを中心に活躍。1973年からは資生堂の専属モデルとなり、アメリカ・ニューズウィーク誌より「世界の4人の新しいトップモデル」のひとりに選ばれた。“東洋の神秘”と呼ばれたミューズが起こしたオリエンタルブームは、その後日本人モデルの世界進出への道筋をつくり、その存在はもはや伝説化している。
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『peeps hakodate』vol,119「peeps秋の大文化祭2023」より
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