2023.09.28
暮らす44人が犠牲になった胆振東部地震から、9月6日で5年がたちました。
災害関連死を含め37人が亡くなった、胆振の厚真町。
1キロにわたる土砂崩れがあった吉野地区は、町内で最も多い19人が犠牲となった場所でもあります。
今年になって、希望する11世帯の家の跡地に、苗字が刻まれたステンレス製の銘板が設置されました。
犠牲者を悼み、ここに暮らしがあったと、後世に伝えるために置かれています。
こうして多くの人の命を奪った「土砂災害」は、なぜ起きたのか、そして今後防ぐ手立てはあるのでしょうか。
連載「じぶんごとニュース」
震度7の揺れで、暮らしを支えてきた山々が一瞬にして崩れ、町を飲み込みました。
厚真町の幌内地区に住む野地妙子さん・72歳。
「みんな生活水を沢から取っているから、その沢が崩れて、結局砂防ダムを作らなくてはならなくなった」と話します。
野地さんは、2018年の1月に夫をくも膜下出血で亡くし、ひとり暮らしを始めて8か月後、胆振東部地震で被災しました。
自宅は被害を免れましたが、斜め向かいの家は土砂に飲まれ、自宅の周辺は土砂であふれました。
「隣の家は危険家屋だからもう住めません。幌内は42世帯だったのが半分になった。川向かいも全部合わせて、お年寄りの1人住まいの方が多かったから」
道内初の震度7の揺れに襲われた厚真町。
多くの人の命を奪ったのは「山津波」とも呼ばれる「大規模な土砂崩れ」です。
地盤工学を研究する、室蘭工業大学の川村志麻教授は、「胆振東部地震は、明治期以降、国内で一番の崩壊地面積でした」と話します。
川村教授は地震直後から現地調査を始め、山津波のメカニズムを研究してきました。
これまでの調査で、大規模な土砂崩れの原因に、厚真町の地層の特徴が、深く関わっていることがわかりました。
「厚真町は樽前山、恵庭岳を噴出源とする火山灰が厚く、広く分布している地域であるということがわかりました」
この火山灰質の地層が、土砂崩れを引き起こした要因の1つだというのです。
「火山灰層は長年、水の影響などで風化が進行すると粘土化してくる可能性が高い。火山灰でできた材料は水を含んだ状態で指でつぶすと水が出てきて、泥濘(でいねい:ぬかるんだ状態)化する。こういう材料が自然の斜面に堆積していて、胆振東部地震のような地震動があったときに、衝撃をうけて滑ってこういう水が流出すると、さらに滑りやすくなるのではないか」
この火山灰や軽石の層は、スポンジのように保水力があり、地震の揺れでつぶれて滑りやすくなり、崩壊が発生したとみられているのです。
この5年の間に、国や道、町は、崩壊した斜面にコンクリートを造成したり、新たに砂防ダムを建設したりと地滑り対策を進めて来ました。
そのほとんどが、来年度で終了する見通しです。
一方で、手つかずのまま、残されている場所もあります。
胆振東部地震では、4300ヘクタール=エスコンフィールドおよそ3580個分の広さの森林が被害を受けました。
その7割が厚真町。
重機を山に入れるための林道の整備に時間がかかり、土砂や倒木の撤去が始まったのは、去年のことです。
5年間、山に残されたままの木材の価値は、下がる一方です。
苫小牧広域森林組合厚真支所の西雄三支所長は、「土砂の中に一部入っていたとか、完全に倒木してたものが、5年経過して腐朽(ふきゅう)が進んだ状態」と話します。
商品としては「ちょっと厳しい」といいます。
完了の時期が見通せない森林の再生。
植林が終わったのは、全体の3割にとどまっています。