2023.09.28

暮らす

「おすそ分けしてもらった、この愛を大切に」心に寄り添ってきた男性との“別れ”…今も続く復旧の道のり

44人が犠牲になった胆振東部地震から、9月6日で5年がたちました。

札幌にも大きな爪痕が残りました。「液状化」です。

5年がたった今も、実はまだ終わっていませんでした。
 

連載「じぶんごとニュース

今も続く対策

じりじりと焼き付けるような日差しが注ぐ、8月の札幌。
清田区では、今も胆振東部地震に関連する作業が続いています。

不動産価値への配慮から、詳しい場所を明かさない条件で、取材が許されました。

マンホールから潜った場所、勢いよく噴き出してきたのは、地下水です。

5年前の地震では、この地域でも液状化が起きました。
この地域は盛り土でできていて、地下水が比較的高い位置まであり、地震により地盤が変形しやすい特徴があります。

札幌市建設局土木部・市街地復旧推進担当課の藤永壮毅(まさたけ)さんが見せてくれたのは、地下水位を低下するために、地中に入れている管。
「土砂の中に管が入って、土砂に含まれている水分だけこの管に入っていくようにする」と話します。

そこで、暗渠管(あんきょかん)という管を深いところで地下5.5メートルまで入れて水を抜き、水位を徐々に下げています。

札幌市の液状化の対策は、この作業を最後に、10月にようやく終了します。

液状化…「三位一体」で乗り越えて

2018年の9月6日。胆振東部地震は、札幌にも大きな被害をもたらしました。

札幌市内で観測史上最大の揺れ=震度6弱を観測した東区では、地下鉄東豊線の真上を通る「東15丁目屯田通」が4キロにわたり大きく陥没。

札幌・東区(2018年9月6日)

震度5強を観測した清田区では、地盤が「液状化」。
住宅が大きく傾くなどの被害を受けました。

札幌・清田区(2018年9月6日)

町内会長の盛田久夫さんは当時、地域の思いがバラバラになっていくことを懸念していました。
「不安を抱えたり不満を抱えたりして、いろいろな声がバラバラに聞こえてきた。どっかの場所で一括してまとめることも必要かなと」

被災から4か月後、札幌市は住民の相談窓口となる現地事務所を設置しました。

地震直後から復旧に携わり、復旧推進室にも最年少で配属された藤永さん。
当時、上司からかけられた言葉が忘れられないといいます。
「『この里塚を土木技術的に復旧するんじゃない。その人のコミュニティを復旧復興させていくのが何よりも大切』だって」

藤永さんはこの地域に住む人たちの顔と名前、家の場所を今も記憶しています。

「一緒に心を痛めて、そのあとその人が再建できることが決まってから、その人の家が建っていく様子を見て、地域の人たちと本当にまちが復興していく様子だとか、家を失っていく様子を共有していたかなと思う」

「市」「住民」「工事関係者」の三位一体で乗り越えたという、里塚地区の復旧。

被災から5年目をむかえたこの夏、ある”別れ”がありました。

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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