2023.07.15
深める和服に身を包み、おしろいをつけて、美しい姿の「芸妓」さん。
京都にしかいないと思っていません?
でも、いたんですよ、この令和の札幌に。それもすごく魅力的な人たちが!
ある日、こんなメールが編集部に届いたんです。
―えっ! 芸妓って、札幌にもいるの?
ってか、そもそも芸妓ってどんな人達なの?ウラ事情とかも聞いてみたーい!
ミーハーな気持ちが取材につながり、今回の企画がスタートしました。
→【前編】「芸妓さんは普段何をしてるの?」知識ゼロの筆者が”札幌の花柳界”を見学してきた話
<前編のおさらい>
・こと代さんは、現在28歳。6年前に未経験で芸妓の道へ。
・芸妓と舞妓のちがいは年齢。どちらも「唄、舞踊、三味線を披露し、お客さまにおもてなしすること」が仕事。
・芸妓や舞妓が所属する事務所・兼・稽古場を「置屋」と呼ぶ。
・置屋のボス(師匠)のことを「お母さん」と呼ぶ。
・こと代さんの「お母さん」はとっても厳しい人らしい。
後編となる今回は、筆者が 踊りの稽古を見学しに行くところからスタートする。
5月某日。札幌中心部から少し外れた「市電通り」。
初夏の日差しのせいなのか。それとも“厳しい“とウワサの「お母さん」との対面にビビっているせいなのか。額に汗がつたうのを感じながら、こと代さんたちの稽古場に向かった。
創業56年の呉服店・きものや よねや。風に靡く暖簾がパタパタと出迎えてくれた。
こと代さんのメモによると、ここの2階の和室を間借りして、稽古場にしているんだとか。
「よし……行くか!!」
階段を登り、扉からそっと覗いてみると、
エッ!!!!
大河ドラマかなにかのワンシーンみたい。 ここ、ほんとに、令和の札幌?
背筋がスッっと伸びるような緊張感があった。
まず気になったのは、手前の人物。座っているだけなのに、滲み出る貫禄。この人がウワサの「お母さん」に違いない!
ブワッと汗が噴き出した。
こと代さんからは「質問があれば、その場で聞いてくださいね!」と事前に言われていた。しかし実際に来てみると、これはなかなか難易度が高いのでは!?カメラを持ったまま立ち尽くしていると、「お母さん」が声をかけてくれた。
「ようこそお越し頂きました。わからないことあれば、気軽に聞いてくださいね、なんにも遠慮しなくていいんですから」
(ちょっとだけ、汗が引いていった)
まずは30分程度、見学をさせてもらうことにしたのだが……
芸妓さんたちの一つ一つの動きに、ぼぉっと見惚れてしまった。
ゆらゆらと揺れる扇子。曲の雰囲気に合わせて絶妙に変化する、顔や目の表情。ぴったりと合った全員の動き。
ずっと見ていても飽きがこない。
なかでも印象的だったのは、「お母さん」の動き。
ピンと伸びた背筋、しなやかに動く肩と腕、そして柔らかい指先の表現。
椅子に座りながら、あくまで“お手本”として見せる、何気ない動作。
なのに。素人目にもなんとなくわかった。こりゃ、お母さんすごい人なんだわ。
「艶やか」という日本語は、こういうときに使うものかもしれない。そんなことを思いながら、ぼぉっと見惚れたまま、1時間以上も経っていた。
「唄のとおり、とにかく優しい気持ちでね。柔らかく踊ればいいのよ。そうそう、その表情よ」
今年で80歳とは思えないようなハツラツとした声で、何度もこう繰り返していたお母さん。踊りの技術そのものよりも、曲に合わせた「表情」について、指導をしていることが印象に残った。
「『歌詞に描かれる心情を読み解いて、踊りなさい』ということを、お母さんからはよく言われます」と、こと代さんは後日のインタビューで教えてくれた。
踊りの稽古中は、カセットテープを使って「小唄」を流し、それに合わせて踊りの稽古が行われていたのだが、実際にお客さんの前に立つ際には、芸妓自らが唄う場合も多いとのこと。
小唄の稽古のようすについても、こと代さんが教えてくれた。
「小唄は、基本的に “耳コピ” です。歌詞カードはありますが、楽譜はありません。お母さんが唄っているようすをレコーダーで録音しておいて、自宅で何度も何度も聞いて、覚えます」
(え!耳コピ!?)
「唄は、昔からずっと口伝えで語り継いでいるんですよ。曲の多くは、男女の恋心や、それぞれの季節に咲く花、人や風景など『四季折々の粋なもの』をテーマにしてものが多いんです」
「踊りの稽古のときも、たとえば恋をテーマにした曲ならば『恋する相手が目の前にいるかのように“恋する表情”と“恋する視線”で踊りなさい』と、お母さんによく言われますね」
稽古場に置いてあったテープの数は、ざっと40本程度。
「これ以外のものは奥の棚にも入っています。この10倍近くはテープの本数あると思いますよ」
つまり、芸妓さん達は 数百以上の曲を"耳コピ" して、歌詞を深く解釈し、唄って、踊って、演奏するってこと!?こりゃ、たしかに生半可な覚悟じゃできなさそうだ。
ときに厳しく、ときに優しく芸妓さん達のサポートをしてくれる、置屋の「お母さん」。
事前に聞いていたよりも、稽古場ではずっと優しそうに見えたのだが…?
後日、こと代さんに話を聞いてみた。
―前回の取材で聞いていた印象よりも、ずっと優しそうなお母さんでした!稽古中に怒号が飛び交ったりするのかな?と思ってビビってたんですが……(笑)
たしかに稽古中に怒られるっていうことは、あんまりないですね。
―ん?では、どういう場面で怒られるんですか?
芸のことよりも、日ごろの行いについて怒られることが多いですね。上限関係のこととか、お姐さんをもっと立てなさい、とか。お客さんに対しても、もっと周りに気を配れるようになりなさいとか。怒られたエピソードは、たくさんあるのであげるとキリがないです(笑)
―母さんに怒られて、泣いたことはありますか?
泣いたことはないですね。冷静になってみると、自分が悪かったなってことに気づくことが多いので。でも、びっくりするくらい、たくさん怒られますよ(笑)
お母さんに注意されることで、「そっか、知らなかった!勉強になった!」と気づきを得ることが多いんです。
なにがダメなことなのかわからずに、粗相をしてしまって、後から怒られて学ぶということが多いので。特に礼儀作法については、実際にその場になってみないとわからないものも多くて。怒られたときは、ビックリしますけど「そういうものなのか、注意してくれてよかった」と心から思います。
―「手取り足取り教えてもらう」というよりかは、「見て学ぶ」ということが多いんですね。
そうなんです。まずはやらせてみる、というのがお母さんの教育方針なんでしょうね。私の場合、一回やらせてみて、失敗してみた方が納得して成長できると思ってくれているんだと思います(笑)
昔はもっと、お母さんは厳しかったらしいですが。
―昔だと「反省するまで正座して、怒られる」ようなこともあったんですかね?
そういうこともあったかもしれません(笑)お姐さん達が言うには、いまはかなり優しくなったみたいで。若手の私達に色んな企画などを任せてくれるのも、昔のお母さんだったらありえなかったんじゃないかな。
時代の変化や、平成生まれの私達の価値観に歩み寄ってくださっているからなんじゃないかな。本当にありがたい存在ですよ、「お母さん」って。
***
「お母さんに怒られながら、毎日、必死に学んでいます」と、こと代さん。芸妓の世界は想像以上に厳しいようだ。一方で、こんなにも徹底的に向き合って“怒ってくれる”人がいるって、すごく貴重な気もした。なんだかちょっと、うらやましくもある。
「こと代さん達には、どこに行けば会えるの?」
最後にこの質問をしたところ、札幌の花柳界が直面するシビアな現状が見えてきた。
「創業周年を祝う会など、企業様の祝賀の席にお呼びいただくことが多いですね。海外からのお客様の観光でお呼びいただくこともあります。活動場所は『お座敷のある料亭』が主ですね」
お座敷のある料亭……?
京都あたりにはいかにもありそうなイメージだが、札幌にもあったのは知らなかった。
「すすきのに『川甚』さんというお座敷のある料亭があって、そこでお世話になることが多いですね」と、こと代さん。
「かつて、すすきのは全国有数の花街でした。最盛期の1950年代には、お座敷を持つ料亭が40軒以上もあって、芸妓の人数も300人以上。たいそうな盛り上がりを見せていたらしいんです」。
しかし、令和になった今では……
「現在、札幌でお座敷のある料亭は、川甚さん1軒のみになりました」
さらに驚くべきことに、300人以上いたとされる芸妓の数は、わずか十数人まで減少。なかでも20代は、こと代さんを入れてたった3人。なかなか衝撃な数だ。
だからこそ彼女たちは、これまでの形式に捉われない、新たな取り組みに挑戦し続けているという。
「ホテルの宴会場などでも活動させていただくケースも増えました。唄や踊りを披露させて頂けるスペースさえあれば、札幌に限らず、全道どこでも、お客さまのご要望に合わせる形で対応させて頂いていますよ」
「いま、特に力を入れているのはSNS。日々、活動を発信しています。広報的な役割にも基本は自分達でやってます」
取材の最後に、こと代さんは、次のように話してくれました。
「伝統の灯を絶やさないために、私達になにができるか。試行錯誤の日々です。でも私、”いま”がすごく楽しいんです。自分達の手で文化を創っていくのって、大変ですけど。可能性は無限大ですよ、ナベコさん!」
伝統の灯は、形を変えながら、これからも未来を照らしていく。
令和を生きる、新しい時代の芸妓の姿、ここにあり!
文・撮影:ナベ子(Sitakke編集部)
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取材を通し、芸妓さんたちの魅力にすっかりハマった。後日、北海道神宮例祭(6月16日)に出演するという話を聞きつけ、そのようす写真に収めてきました。さっぽろの初夏を彩る、彼女たちの美しい姿、ご覧あれ!