2022.12.26
暮らすまた一つ、市場が姿を消します。
「イカの三升漬けとかも美味しいよ」
「あ~イカね~」
店員と客が気軽に声をかわす、昔ながらの対面式の市場。
札幌市北区にある「北24条生鮮中央市場」です。
でも、かつての市場とは様子が違います。
ずらりと並んでいた鮮魚店や、衣料品店などはなく、いま営業を続けているのは、たった2軒。
そして、今年いっぱいで、市場は営業を終えることが決まりました。
地元の人は、「びっくりしました、さみしくなりますね」「だってここ名物だもんね」と話します。
市民と歩んだ北24条生鮮中央市場の歴史と、市場に寄せる人々の思いを見つめます。
北24条生鮮中央市場は、地下鉄・北24条駅のある通りから西に1本、札幌サンプラザのある交差点に面しています。
市場の長い歴史は、まもなく幕を下ろそうとしています。
1950年代、「北24条生鮮中央市場」は、木造2階建ての建物で営業を始めます。
これは、HBCに残る1959年の映像。
市電が北24条から北27条まで延伸した開通式のニュースです。
ここ!
よーーーく見てみると、中央市場と書かれています。
1969年には、火災に見舞われましたが、この大きなトラブルも乗り越えます。
1985年に今のビルが建設され、1階が市場となりました。
こちらは、いまから10年前の映像です。
北24条商店街のイベントに市場も参加。
”なんでも100円”の特価セールで大賑わいとなりました。
8店舗が軒を連ねていた北24条生鮮中央市場。
建物の配管が老朽化し、営業を続けながらの修繕が難しくなったため、市場の店は今年いっぱいで立ち退くことになりました。
お客さんのために大晦日まで営業すると決めた「おかず工房」。
この市場で32年営業し、名物姉妹が毎日、美味しい惣菜を提供してきました。
職場が近くだという客は、「朝寝坊してお弁当を作る時間がなくても、ここに来たらお昼が食べられる」といいます。
「ほぼ毎日」来るという人は、「もうショックもショックで、まわりもみんなどんどん抜けていっていますから」と話していました。
おかず工房のスタッフは、「無くなっちゃうんですね、さみしいですね。みんなそう言ってくれるけどね、本当にさみしいですよ」と話します。
移転先は、まだ決まっていません。
北24条商店街の理事長・小泉詔信(こいずみ・あきのぶ)さんは、長年、市場を見守ってきました。
「商店街として、対話の市場があるところがなくなってきている。24条の象徴的な市場だったから本当に残念です」
がらんと空いたこのスペース。先月までは華やかな洋服が並んでいました。
70代の客は、「私くらいの年代の店主さんだったので、店主の目線で仕入れてくるから、わたしたちの年代に合うのよね」と話します。
ここに店を構えていた「ファッション&ラブ」は、11月、市場から引っ越し、400メートルほど離れた場所に新たな店を構えました。
「ファッション&ラブ」の長谷川貴乙さんは、「市場のよさは独特。スーパーにはない人の交流、会話の交流、きさくにできるというメリットは市場でないとない」と話します。
市場で年末まで営業をする店は、もう1軒。
新鮮野菜が評判の「サンQ青果」です。
奥山善彦代表は、「お正月の野菜は、おたくのみかんじゃなきゃだめだとか、お兄ちゃんが選んでくれた野菜じゃないとだめだって言ってくれる方がいたので。それを何とか年内は守りたいなと」と話します。
商品の特徴や、おいしい食べ方も伝えたい…
対面にこだわり、親子2代で40年近く商売を続けてきました。
店の壁には、奥山さんそっくりの似顔絵が!
奥山さんは、「昔いた花屋さんが描いてくれたんだよね」と話します。
客にも、市場の仲間にも愛された店。
両親から受け継いだ店のバトンをいったん置くことになります。
「本当にさみしい。365日のうちの360日ここに来ていたからね。ひょっとしたら年明けも本能でここに来てしまいそう、ぼーっとしてたら、道路間違えてここ来てしまいそうな雰囲気がある」という奥山さん。
「本当に24条、大好きでしたからね」と、話していました。
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部IKU
※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2022年12月16日)の情報に基づきます。
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