2022.04.16
深める2021年11月19日。きみちゃんの30週目の妊婦健診です。
きみちゃんは、自宅がある千歳市から1時間ほどかけて、札幌医科大学附属病院の産婦人科に通院していました。
パートナーのちかさんは、なるべく健診に付き添うようにしていますが、この日は仕事。自分を「人見知り」だというきみちゃんは、最初はわたしとほとんど話さず、目線もあまり合わせません。
産婦人科の待合室は婦人科と背中合わせで、その場にいるのは、ほとんどが女性。男性の姿は、数人の医師と、妊婦に付き添うパートナーを数人、たまに見かける程度でした。きみちゃんはのちのインタビューで、「女性だけの科だから、視線が気になった」と話していました。
健診では主に、尿検査、血圧測定、エコー検査、医師の問診という流れで行われました。きみちゃんがふだん、男性用トイレを使用しているのを聞いていた病院は、尿検査では男性用トイレに案内していました。
「だいたい1500グラムくらい、平均よりは小さいところですね」担当は、新開翔太(しんかい・しょうた)医師。30代で、穏やかな語り口が印象的でした。
問診中のきみちゃんは、説明にうなずくものの、ほとんど新開医師と目線は合わさず、結婚指輪を右手の指でなぞるようにさわっていました。
新開医師が「ちょっと元気ないように見えるけど、大丈夫?」と気遣うと、きみちゃんはかすかに聞こえる程度の声で、「…はい」と返事をしました。
この日は医師の診察のあと、病棟を担当する助産師と、別室で面談が行われました。この病院では、トランスジェンダー当事者の妊娠・出産を担当するのは初めて。病院側も、こころは男性であるきみちゃんのニーズを、真剣に汲み取ろうとしていました。
「からだの変化はどう受け止めている?」
「相談できる人はいるの?(当事者の仲間で)妊娠とか出産とか経験している人はいるのかな」
「こういうワードを言われたら嫌だとか、こういう対応が嫌だとかもないかな…?」
助産師はうつむき加減のきみちゃんの表情を確かめながら、そして言葉を待ちながら、ゆっくりと質問していきます。
「下から産むのはどう?抵抗感とかは…ないわけではない?」
助産師のこの質問に、きみちゃんはしばらく沈黙し、涙を拭うような仕草で顔をこすりながら、こう答えました。
「…(抵抗感が)無いっていうか…想像がつかない…」
「妊娠・出産」は、こころが男性のきみちゃんにとって、望んだことではありながら、自分のからだが「女性」である現実を突きつけられる体験でもあります。
例えば健診では、「内診」を受けることも必要になります。内診とは、脚の部分が自動で開く診察台に下着を脱いだ状態で寝て、医師が直接指や器具で子宮の状態を確かめる、婦人科では大切な検査です。
わたしは女性のからだに生まれ、こころも女性と自認していますが、婦人科で内診を受けるときは、恥ずかしさやしんどさを感じることもあります。ましてこころは男性のきみちゃんなら、どうでしょう。
「自分で望んだ妊娠」だと話していたきみちゃんですが、からだが女性であるからこそ必要な検査や、どんどん膨らむ自分のおなかを受け入れられているのか?わたしは常に、心配な思いがありました。
しかし自宅に戻ると、きみちゃんが妊娠して感じているのは、不安だけではないことがわかりました。
■こころが男性どうしのふうふと、新しい命を見つめた連載「忘れないよ、ありがとう」