
髙木さんの強靭な肉体を育んだのが、ふるさと十勝でした。
髙木さんの競技人生は、地元の大人たちが作ってくれた屋外リンク「陸(おか)リンク」から始まりました。
厳しい寒さと向かい風に負けない、強い精神力とスタミナが養われました。

地元では有名なスポーツ少女だった髙木さん。小学生からはヒップホップに夢中になりました。
平昌オリンピック後の祝賀パレードでは、かつて通っていたダンススクールの生徒たちからお祝いのダンスをプレゼントされると、キレッキレのダンスでお返しし、圧巻の瞬発力を見せました。
髙木さんが通った帯広市の「バレエ&ダンス内杉」の内杉義之さんは、当時をこう振り返ります。
「すごく元気で、1つ1つの動きに対してすごく考えながら行動するまじめな子だった。みんなで踊りを作るときに、自分の意見を年上とか関係なくちゃんと言える一面もあった」
ダンススクールに通う小学3年生の児童は、2年生の冬休み前に髙木さんに会ったときのことを「いっぱいぶら下げていた。全部金メダルだった」と話しました。

髙木さんはサッカーも得意で、地元のサッカー少年団で活躍していました。
そのポテンシャルの高さは、別のチームのコーチも驚くほどでした。
Spo-RE幕別札内SCの喜多進監督は「体幹が強く、身体機能が高くて、考えながらプレーするいい選手だった。強くて速くて、対戦するのがいやだった。男子顔負けでチームの中でも超エース、超超エース」と振り返ります。
美帆さんは、後輩たちの目標です。
「スケートとサッカー両方やってて二刀流ですごいなと思った」
「何でもがんばるということをまねしたい」

HBC「今日ドキッ!」のスタジオでは、ゲストコメンテーターの保田隆明さんが「スピードスケートはパシュート以外、団体戦はないじゃないですか。1人で切り抜いてきた精神力が報われたのがすごい。なかなかこんな方、将来的にも出てこないと思う」と功績をたたえました。
4月の引退会見では「まだ将来のことははっきり決めていないけど、アスリート出身で自分の体や脳、健康寿命に興味がある」と話していた、髙木さん。
第二の人生は何に挑戦するのか、今後の活躍にも期待です。
取材・文:HBC報道部
編集:Sitakke読者編集部ぬまぬま
※掲載の内容は、HBC「今日ドキッ!」放送時(2026年8月4日)の情報に基づきます。
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