2026.08.27

深める

「子どもをかわいいと思えない瞬間が…」自分の親の「ノーガード」から思う向き合い方

あたしなりのAnswer

お花シリーズ「青と白のバラ」。青には「奇跡」「夢が叶う」、白には「深い尊敬」という花言葉も。

さて、「エゾリスあざらしマン」さん、あなたは時々抱いてしまうおのれのモヤモヤというか、やきもきしてしまう「気持ちをどう解消したらいいの」か、悩んでいらっしゃるのよね。

てなわけで、あくまであたしの「こう感じたよ」というフィーリングに由来する書き様になってしまうかもしれませんが。

それでもあなたににとって、少しでもこのコラムが一服の涼になってくださればと思い、以下に言葉を綴っていこうと思います。

それでなんだけれど。
あたし、今回の件でいろんなことを思い返していて、すごく強く「そうかぁ」と納得というか、反省も含める意味で得心がいったことがあったの。

それはね、子どもたちは大人たちよりも、やはりどうしてもはるかに無垢で、そうであるがゆえに、残酷でもあれば愛しくもある存在なんだってこと。

何が言いたいかというとね。
ここまでも書いてきましたが、あたしたち大人側は、子どもに対して「どう接するべきか」「どのように育むことが望ましいか」と理性を振り絞って逡巡し、おのが行動をコントロールする場面というのが、ままあるように思います。

これに対して、子どもたちはどうかというと。
まぁなんというピュアさというか。
きらいなものはきらい、好きなものは好き。
やりたいことはやりたいし、無理なものは無理。

思春期をはじめとする複雑な時期ももちろんあるけれど、そんな年代の子たちであったとしても、よくよく見れば素直に素顔を表に出す(あるいはあえて出さないというかたちで率直に自分の思いを示す)ことをいとわない場合が多い。

彼らは、こちらの想像以上にノーガードで他者と接し、だからこそ無条件に誰かに愛を向けたり、明確な理由がなくとも誰かをまっすぐに憎悪したりしてしまうようなのです。

これね、日々お仕事で触れ合う子どもたちのこちらへのリアクションを見ていてもそう思うし。
それだけでなく、自分のこれまでというか、特に学生時代までのいろいろを振り返ると、しっかりその傾向があったように思うのよ。
そのせいできっと、親をはじめいろんな人に迷惑もかけたんだろうなって。

「エゾリスあざらしマン」さんはお手紙の中で、自分のままならぬ感情について「世の中のお父さんお母さんも同じように感じることもあるのかな」と書いてくれていましたが。

少なくとも、自分の両親はあなたと同じように感じること、きっとたくさんあったろうし。
正直あたしと向き合うのは大変だったろうなって、振り返って今そう思ったりしています。
父さん母ちゃん、ごめんねっ!笑

でね。
そう反省しつつあたし、自分の親について「すごかったんだな」と尊敬するところを今回見つけたりしたんだけれどさ。
これ、「エゾリスあざらしマン」さんには、よかったら参考にしてほしい。

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

この記事のキーワードはこちら

SNSでシェアする

  • X
  • facebook
  • line

編集部ひと押し

あなたへおすすめ

エリアで記事を探す

FOLLOW US

  • X