2026.04.25

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「在日として生きることは簡単じゃないから」30年続く交換授業から見える大切なこと

自分のルーツを誇りに

函館港から帰国する人 (1959年・北海道同胞歴史資料館貯蔵)

太平洋戦争が終わるまでの間、日本は朝鮮半島を植民地支配しました。
職を求め、あるいは強制連行により日本に渡った朝鮮の人たちのうち、生活上の理由などから、帰国しない道を選んだ人たちもいました。

朝鮮の文化を学ぶことができる場所を作ろうとする動きが全国で強まり、道内では1961年に朝鮮学校が創立されました。

しかし、1994年には東京で女子生徒の制服が切られるなど、朝鮮学校への攻撃の声はいまやSNSにも広がっています。

卒業生であり元教員の李慧娘さんは、長女を朝鮮学校に通わせています。
娘には、自分のルーツに誇りを持てる経験をしてほしいと考えています。

「日本の社会で成長する過程で、朝鮮人として生まれたくなかったと思うかもしれない。安心して学校生活を送ることがより自己肯定感を持てる」

しかし、朝鮮学校は高校無償化の対象外です。
運営費は、学費のほか在日コリアンや日本の支援者からの寄付金で賄われているのが現状です。

HBC報道部

毎日の取材で「気になるニュース」や「見過ごせない事案」を、記者が自分の目線で深掘り取材し、「ニュース特集」や「ドキュメンタリー」を作っています。また、今日ドキッ!の人気コーナー「もうひとホリ」「もんすけ調査隊」も制作しています。最近は放送にとどまらず、デジタル記事、ドキュメンタリー映画、書籍など、多くのメディアで展開して、できるだけたくさんの人に見てもらえるよう心掛けています。北海道で最初に誕生した民間放送の報道部です。

https://www.hbc.co.jp/news/

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