2023.09.08
深める札幌の繁華街、すすきのにネオンが灯る頃、その学舎(まなびや)に人々が通学して来ます。札幌市立星友館中学校は、すすきのに隣接する一角に、去年4月開校した北海道で唯一の公立夜間中学校です。高齢者、不登校経験者、外国出身者…通うべき時期に中学校へ行くことができなかった人たちが在籍しています。10代から80代までの多様な老若男女が、中には過酷な体験をした人が、夜の帳(とばり)の降りた校舎に机を並べています。
なぜ学ぶのでしょうか?なぜ学ぶことができなかったのでしょうか?何を求めて集うのでしょうか?星空の下、学び直しをする人々のそれぞれの事情と姿をお伝えします。
⇒前回:モロッコと清龍~異国で生まれ育ったある日本人の場合 その2「奇跡の来日」
エピソード(3)は、農作業と入院~少女時代を取り戻す82歳と72歳の青春です。
80万4千人。この数字は、最新の国勢調査(2020年実施)で明らかになった数字の1つで、最終的に卒業した学校が小学校に留まる日本人全体の数です。さらに小学校にも通っていない未就学者は9万4千人で、これらを合わせると89万8千人が中学校を卒業していない人の数となります。
こうした状況に教育の場を拡大しようと、国は夜間中学校の設置を自治体に促していますが、公立の夜間中学校は、今年4月の時点で23都道府県に計44校しかありません。
去年まで上記に数えられていた女性が今、札幌市立星友館中学校に通っています。札幌市内に住む川股和歌子さん(82歳)と札幌近郊の街に住む女性のNさん(72歳)です。
夜間中学校に通う人の中には高齢者が多くいますが、北海道は特にその割合が高いとされています。同校の教頭、末原久史教諭によりますと、「北海道は本州などから開拓に入った人たちが多く、戦後、新制中学校ができた時期に、学齢期の子どもの中には農村や漁村の労働力として従事した人たちがいたためではないか。また当時、女性に教育はいらないとする風潮があったことも関係しているのではないか」と話します。
川股さんは、まさにそうした環境で育ちました。実家は農家で、田植えの時期には1週間、学校を休まされて、手伝いをすることが「当たり前(本人談)」でした。その後、登校しても授業は先に進んでいて追いつくことができず、わからなくなって、さらに追いつけなくなる悪循環に陥り、勉強に興味が持てなくなりました。秋の稲刈りの時期には、稲を天日干しするはざかけの作業が朝から晩まで続き、夕方、疲れて、田んぼのあぜ道で眠り込んでしまい、親も気づかなかったことがあるくらい忙しい日々でした。
「先生もあまりうるさく言わなかったよね、『学校に来なさい』と。どの子も家業が忙しいことをわかってたんだよね」。
「学校は当時、できる子に合わせて進んで行ったから、辛かったね」。
Nさんは小学校6年生の時からアレルギー症状が出て、中学校に入ってからは午前中、授業を受けた後、午後から毎日、当時住んでいた街から隣街まで汽車に乗って通院しました。学校を午前中で切り上げて病院へ向かうのが辛く、「いつも、勉強したい」と思っていました。それでも症状は改善せず、札幌の大きな病院に入院して治療を続けることになり、「形だけ卒業(本人談)」しました。その後、理容師や介護職員として働きましたが、「高卒が当たり前で、給料がまったく違ったの。矛盾を感じたんです」と、胸につかえた思いを抱えたままでした。
川股さんも、子どもの頃からずっと学校へ行きたいと思っていて、新聞で星友館中学校のことをたまたま目にして問い合わせ、入学しました。
「ここでは年寄り扱いされないのがうれしい。若い人も私たちも外国から来た人も、みんな同じクラスメートとして扱ってくれるの」。
「道徳の時間が多いかなと感じます。今の時代、それだけ必要だからなのかな…」。
Nさんは、65歳で退職しましたが、就業中に感じていた学歴への思いから、「高校は出ておくべきと実感(本人談)」し、入学しました。
「今が青春だね!浦島太郎が玉手箱を開けたような時間です」。
「数学と英語をもっと早くに勉強したかったの。だって、学校に行かないとわからないから」。
「先生はとても丁寧に教えてくれます。なぜその答えに到達するのかを、考えさせてくれることが面白い。哲学的だね」。
生き生きと語る2人は、10歳の年の差がありますが、星友館中学校で知り合い、仲良しになりました。以来、少女の頃失った時間を取り戻すように、毎日、机を並べています。
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教務主任・国語担当 藤田憲一教諭
「授業は個々人の希望と能力に応じて『スタンダードコース』と『チャレンジコース』に分けて行っています。例えば中1のスタンダードコースでは、書写の時間は漢数字の『一』や『上』という文字を書くことから始めます。評価も特別な教育課程に基いて行いますので、通知表はありますが、数字による評価はしません。一人一人、こういうことができましたと文章を記して伝えます。開校2年目を迎えて、もっと細分化してそれぞれの生徒さんへの対応をしたいのですが、教員の定数もあり、試行錯誤を続けています」。
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*注1)札幌市立星友館中学校は、入学を随時受け付けています。9月から12月までの間に受け付けの場合は来年4月入学となり、来年1月から8月までの間に受け付けの場合は来年5月から10月までの間の入学となります。詳細は同校へお問い合わせください。
◇文: HBC・油谷弘洋
【連載記事のラインナップ】
●プロローグ 開校2年目の夏~札幌市立星友館(せいゆうかん)中学校
●エピソード(1)モロッコと清龍~異国で生まれ育ったある日本人の場合 その1「思い出したくもない過去」
●エピソード(2)モロッコと清龍~異国で生まれ育ったある日本人の場合 その2「奇跡の来日」
●エピソード(3)農作業と入院~少女時代を取り戻す82歳と72歳の青春
●エピソード(4)同級生の前にさらされて…不登校経験者・Y(19歳)
●エピソード(5)「虐待で育ったから…」父子で通う同級生親子
●エピソード(6) 3時起床23時就寝…もっと勉強したい56歳
●エピソード(7) モロッコと清龍~異国で生まれ育ったある日本人の場合・その3「再びホームレスと…」
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