2023.08.23

暮らす

「クマ」と「移民」に通じるものがある…各地を見て感じた「根底に必要なもの」とは

結婚を機に、北海道の小さな村に移住した、吉沢茉耶(よしざわ・まや)さん。
娘を産み、家族でユースホステルを営んでいました。

そこに現れた1頭のクマに突き動かされ、娘と一緒に知床へ向かうことになります。
さらにことしからは旭川へ。

各地のクマ対策を見て、今思う「根底に必要なもの」とは?

連載「クマさん、ここまでよ

島牧村で気づいたこと

北海道・後志の島牧村。
人口1300人ほど。海と山に囲まれた、自然豊かな村です。

2018年、住宅のすぐ裏から顔を出したのは、クマでした。

クマは毎晩のように現れ、庭のコンポストや、漁に使うエサを荒らしました。

村は地元の猟友会に出動を要請。ハンターたちは毎晩のパトロールと、毎朝の箱罠の見回りを繰り返しました。

しかし、クマが現れるのはいつも夜。
夜間や住宅地での発砲は、法律で禁じられています。

不安な日々は続き、クマが箱わなに入るまで、2か月かかりました。

しかし、村がハンターに支払う出動報奨金が多額になり、議会が支払いを否決する事態にも発展。

「クマが出た後」になって対策することの難しさが次々と浮かびました。

家族で村内のユースホステルを営んでいた吉沢さん。
実は結婚して移住してくる前、軽井沢のNPOなどでクマの対策や調査に関わった経験を持ちます。

「今のクマ対策は猟友会にすべてをお願いしていて、それはやっぱり大変」

じぶんにできることをしたいと、ユースホステルのイベント内でクマについて学べるブースを出したり、ほかの住民有志と一緒に注意点をまとめたパンフレットを作ったりと、「住民目線」でできる「クマが出る前の対策」 に取り組んできました。

ユースホステルのイベントでのクマを学ぶコーナー

「クマが出た後」の大変さと、住民たちが感じた怖さ。
「クマが出る前」の対策の大切さ。

島牧村がぶつかった壁は、全道の課題だと、吉沢さんは考えました。

まずは道内のクマ対策の先進地で学びたいと、知床に行くことを決意
クマをはじめとする野生動物の管理などに取り組む「知床財団」の短期職員として採用されました。

さらに、道内各地の仲間とともに、「くまのわ」というグループを結成。
クマも人も傷つけあわずに暮らす道を考えたいと、FacebookやYoutubeで、クマに関する話題を発信し、地道な啓発を続けています。

学生たちに呼びかけたこと

「島牧村の経験から、これはもう北海道のそもそものクマ対策の考え方自体を考え直さないといけないんじゃないかな、変えていかなきゃいけないんじゃないかなと思った」

6月、吉沢さんは北海道大学の授業に招かれていました。

「多文化共生」の授業。
日本全国から来た北海道大学の学生たちと、留学生が同じ教室に集い、国や文化などが「自分と異なる人と、どのように共生をしていくか」を考えます。

「難民」などのテーマに並んで、2コマを使って「クマとの共生」を考える時間を取りました。
授業を担当する、講師の式部絢子(しきぶ・あやこ)さんは、「“異”に接したときに人がどうするかって、国の違いもクマも通じる部分があると思ったんです。たとえば、『クマは怖いから排除しよう』だったことが、移民だったり『人間に置き換えたらどうなっちゃうかな』とか、視点を広げて考えてもらえたらいいかなと思います」と話します。

「やっぱり自分と違うものがいるっていう当たり前のことに気づいてほしいのと、『じゃあそれでいいね』で終わらないで、それからどう自分と関わっていくのか、関わった先がどうなるのか想像して、自分ができることを何か見つけてほしい

式部さんが招いたのが、吉沢さんと、「くまのわ」で一緒に活動する野田奈未(のだ・なみ)さんです。

2人は、クマの頭の骨や、毛皮を持ってきました。
毛皮に触れた学生に、野田さんは「夏に駆除されているので、冬より皮自体が薄いし、毛も少ないんだよ」と話しかけます。

毛皮を持って学生のもとをまわる野田さんと式部さん

吉沢さんは、「ここに毛皮や骨があるということは、もうこのクマはこの世にいない。このクマの生きてきた時間はこのクマにしかないということを、毛皮や骨があることで感じてもらいやすくなるかなと思って持ってきた」といいます。

授業では、クマに出会わないために・もし出会ったらの基本の知恵や、島牧村の経験にそれぞれ思うことなどを話しました。

参加した学生は、「神奈川県から来たので、クマが身近じゃなかった。対処法など初めて聞くことばかりで面白かったです。もう札幌でもどこにクマが出てもおかしくないと聞いたので、クマが来ても恐れずに、きょう聞いたことを意識したいなと思います」と話していました。

吉沢さんは島牧村の経験から、「クマ対策は誰かがやってくれることじゃなくて、自分たちで『クマが出る前の対策』をやらなきゃいけない」ことに焦点を当ててきました。

知床で経験を積んだ今は、さらに「自分たちは実際この地域でどう暮らしたいのかっていう、地域づくりが根底にないと、クマ対策の方針は考えていけない」と感じるようになったといいます。

だからこそ、伝える活動の大切さを感じています。
「外国人や移民の方との付き合い方と通じると思うんですけど、相手を変えるってすごく大変だし、相手には変われない事情もあると思うんです。駆除というクマのほうを向いた議論だけだと、できることも、できる人も限られる。本当はやらなきゃいけないことは普段の暮らしの中にあって、自分たちの暮らしは自分たちで守るっていう体制を作るっていうところだと思うんです」

自分で暮らしを守る方法。
山に入るときは音を出す、ごみ拾いをする、草刈りをする…生活の中にあるクマ対策を、「みんなが知っている状態」を目指します。

「クマが出た後にどうこうではなくて、普段から身近な話題になるような環境を作っていかなきゃいけない。自分にできることを生活レベルに落とし込んで、みんなが方法をいくつか知っていて、その中で自分が必要だと思ったときに必要な選択肢をとれるようにする…そんな状態を急ぎ整える必要があると思う」

地域地域のクマ対策

旭川での小学生・中学生向けのクマの授業

吉沢さんは知床財団での仕事を春に終え、今度は旭川へ。
旭川市はこの夏から、NPOにクマの調査や対策の委託を開始。吉沢さんはそのNPOの職員になりました。

人口約1300人で自然豊かな島牧村。世界中から観光客が訪れる知床。
地域の特徴に合った、必要なクマ対策はそれぞれに違います。

旭川には、どんなクマ対策が必要なのか。
市がNPOと連携し、変わり始めようとする今、その根底に旭川市民がどう暮らしたいのかが問われています。

連載「クマさん、ここまでよ」暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。

文:Sitakke編集部IKU

※掲載の情報は取材時(2018年~2023年7月)の情報に基づきます。

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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