2023.03.14
暮らす口をもぐもぐ動かして、草を反すうしながら、くつろぐヒツジたち。
大きく膨らんだおなかのなかには、赤ちゃんがいて、まもなく出産の時期を迎えます。
占冠村で「トマムシープファーム」を営む、有光良次(ありみつ・りょうじ)さん。
ヒツジとの暮らしには癒しを感じているといい、「こうして座って反すうしているときは、十分に食べられて、リラックスしている証拠なので、ヒツジ飼いとしては嬉しい光景ですね」と、穏やかな目で見つめていました。
動物と向き合うということ。
その意味を考えさせてくれた人のひとりが、有光さんです。
【前回:クマの住む村でも「安心できる」理由とは?‟野生鳥獣専門員”が積み重ねてきたもの】
人口約1400人、観光客も多く訪れる占冠村。
面積の94%が森林で、ヒグマやエゾシカもすぐ近くで暮らしています。
占冠村役場では「野生鳥獣専門員」として、浦田剛(うらた・つよし)さんを雇用しています。
大学で野生動物の知識を得ていて、ハンターの資格も持つ浦田さんは、被害や出没の調査・対応にあたっているほか、「クマに強い地域づくり」を、住民と話し合うことも大切にしています。
その話し合いの場で、運営などを手伝っていたのが、有光さん。
地域おこし協力隊として占冠村に入り、浦田さんとともに3年間、野生鳥獣と向き合う仕事を経験しました。
その3年間で地域と信頼関係を築き、広大な土地と、かつて牛を飼育していた建物を借りて、「トマムシープファーム」を開きました。
日本で流通する羊肉はほとんどが海外産で、国産の羊肉は希少。
国内の流通ルートは確立していないため、自ら道内外の飲食店に営業に行き、国産の羊肉の価値を伝えていると言います。
取材日は、屋内でくつろいでいたヒツジたち。
夏の間は、占冠村の自然の中で放牧され、のびのびと育っています。
そのヒツジを放牧する場所に、去年の雪解けの後、クマが入ってきました。
「ヒツジを放牧するために、妻がネットフェンスが倒れたのを起こす作業をやっていたときに、10メートルくらいの距離でクマが急に立ち上がって」
笹やぶから出てきたクマは、交通事故にあったのか、けがをしていました。
有光さんは、ハンターでもあります。駆除以外の選択肢も含めて、「野生鳥獣専門員」の浦田さんと相談しながら、クマごとの対応を考えています。
この数日前にも、有光さんは近くで、特徴が同じクマを目撃していました。
浦田さんに電話をかけ、相談すると、駆除も視野に入れて対応するよう言われました。
北海道が示している「ヒグマ出没時の対応方針」では、「人の活動地域、農地に頻繁に出没する」クマや、「人間を見ても逃げない」クマについて、「出没が継続し、地域の生活や産業活動に支障のある場合は排除」としています。
有光さんは銃を持ちながらも、すぐには撃たず、クマの様子に注目していました。
足をけがしたクマは、ゆっくりとですが、有光さんを気にして、逃げる様子を見せました。
有光さんが追い払うと、山へ戻り、その後は人目につくところには来ていないといいます。
「野生鳥獣専門員」と相談しながら対応できることについて、有光さんは、「ハンターにとっても、意義がある」と話します。
「その個体がどういう理由でそこにいるのかが、危険性の度合いに影響するんだと思う。単発的に駆除をするなら、ハンターだけでもできるかもしれないけれど、継続的に理論立てて対応していく上で、野生鳥獣担当がいるのは重要」
そのクマが、なぜそこに来たのか。
それによって、追い払えば解決するのか、引き寄せている原因があってそれを取り除けばいいのか、緊急の危険性があって駆除をすべきなのか、取るべき対応が変わってきます。
出没理由を考えるためには、住民が行政にくわしい目撃情報を寄せてくれることも必要ですし、担当者がすぐに駆けつけて痕跡を調査したり、過去の調査結果を蓄積しておいて、その都度見比べて分析することも必要です。
ハンターは地域で頼られることの多い存在ですが、クマの出没対応はあくまでボランティア。出動するかや、発砲するかは、行政や警察が責任を持って判断します。
しかし、通常の公務員は数年ごとに異動があるため、専門性を育てる難しさがあります。
占冠村のように、役場職員として「野生鳥獣専門員」を雇っていることは、全道でも先進的な事例です。
ただ、「専門員だけにすべてを任せない」ことが、占冠村のさらにすごいところです。
有光さんは、「自分にできること」について話していました。
「クマがいることについては、山が健全というか自然が豊かな状況だと思う。家畜を飼う立場だと襲われるリスクはあるけど、クマを含めた野生獣のことを、正しく知って正しく恐れるのが、できることかなと」
クマを引き寄せるものを置かないのはもちろん、見回りを強化したり、JRなどとの事故で傷ついたシカに気がついたら、クマがシカを目当てにやってくる前にJRに相談したり、浦田さんに情報共有したりと、自分にできる安全対策に取り組んでいます。
「トマムシープファーム」は、浦田さんがいる役場から、車で30分ほど離れた距離にあります。
「浦田さんもたくさんの仕事を抱えているのを知っているので、すぐには動けないときもあるかもしれない。離れた場所にハンターとして自分がいるので、そこは役に立ちたい」
クマの駆除について、道内外から、各地域に批判の声が寄せられることがあります。
道内の複数のハンターから、駆除の判断をしたのが行政でも、ハンターが直接批判されることもあると聞きました。
取材している私自身も、子どもの頃から動物好きで、記者になるまでは単に「クマを駆除するのはかわいそう」と思っていました。
けれど、有光さんのように「駆除以外の選択肢も含めて、その都度一番いい対応を考えよう」としているハンターの存在を知ると、動物と向き合うということは、単に「命を奪わない」ということではないのかもしれないと、気づかされます。
生きるために動物の命を食べるとき、「いただきます」と言うことに、通じるものがあるのかもしれません。
ヒツジやクマ、シカなど、動物の命に直接向き合う機会が多い有光さん。
いま、全道で野生動物と人との距離が近づいている中で、住民はどんな心持ちでいたらいいと思うかを尋ねると、少し考えて、「地域によって違うと思う」と答えました。
「子どもの通学路にクマが出たという人や、庭の作物を食べられたという人に、占冠村と同じ考え方でいろとは思わないし、『クマは当たり前にいるから怖がらない』というのも、違うと思う。正しく怖がるために、地域として情報を集めて対応策を考えられるようになればいいのかなと思います」
対応策を考える主語が、「地域」だった有光さん。
浦田さんのいる意味を語りながらも、自身もハンターとして・いち住民としてできることをしようとする姿に、「野生鳥獣専門員」というポストだけでなく、専門員と地域の人たちが「目指したい地域の姿」を共有して、協力することが重要だと感じました。
占冠村で「自分にできること」に取り組む人は、ほかにもいます。
次回の記事では、クマを地域にとってプラスに変えられると話す人をご紹介します。
⇒【クマを「悪者」にせず、「観光」につなげる。サイクリングを共存のきっかけに】
※掲載の情報は取材時(2023年2〜3月)の情報に基づきます。
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連載[「クマさん、ここまでよ」] (https://sitakke.jp/tag/285/?ref=sn)