2023.03.14
暮らす子どもの両手におさまる、小さな頭の骨。
0歳の、ヒグマのものです。
母親ときょうだいと一緒に、デントコーン畑にいるところを駆除されました。
その命に、子どもたちが触れ、感じ取ります。
「動物に対していろんなことを感じたり考えたりしていく中で、その資料は確かなものであってほしい。本物の資料であることのメリットがある」
そう話すのは、浦田剛(うらた・つよし)さん。上川の占冠村の、「野生鳥獣専門員」です。
同じ北海道に暮らすクマを、必要以上に怖がらずに、「いい距離」を保つためには?
全道でも先進的な、占冠村のケースをお伝えします。
トマムの「雲海テラス」などを目当てに、観光客も多く訪れる占冠村。
人口約1400人。面積の94%が森林で、ヒグマやエゾシカもすぐ近くで暮らしています。
デントコーン畑にぽっかりと空いた穴は、クマの被害。
農業被害のほか、JRとの事故など、野生動物の暮らしと人の暮らしがぶつかることもあります。
浦田さんは、野生動物の出没調査や対応のほか、「日頃からの情報共有」で、安心を積み重ねています。
多くの人の目に触れるよう、村のカレンダーの「ゴミの日」欄の横に、クマのコラムを掲載。
小学校や、お祭りでも、ヒグマ講座を開催。
村の広報の折り込みでも、最近の出没情報、GPSで追っているクマの近況、季節ごとに注意すべきことを知らせています。
その積み重ねの成果か、住民と一緒に「クマに強い地域」を考える場には、会場いっぱいに人が押し寄せました。
2月11日に行われた、「第6回・占冠村ヒグマミーティング」です。
本や工作のコーナーなど、見どころが盛りだくさんです。
子どもが熱中しているゲームも、浦田さんが作ったもの。
クマになりきって「ミズバショウ」を食べ歩くタイムアタックゲームは、画面全体ではなく、クマの目が届く範囲しか見えません。
いかに早くすべてのミズバショウを見つけられるか、楽しんで挑むうちに、動物の見る世界に想像力を働かせるゲームです。
3択で進む、ヒグマクイズゲームもありました。
浦田さんや、占冠村に調査に入っている酪農学園大学の発表も、固くかしこまらずに、子どもたちの笑い声やゲームの音が響く中で、穏やかに進みます。
酪農学園大学ではおととしから、占冠村で4頭のクマにGPSをつけ、行動を追ってきました。
どこを移動しているのか、どんな場所で冬眠しているのか。
まだまだわからないことが多い、クマの生態に迫ります。
GPSが何度も示す場所にカメラを設置すると、クマがシカを埋めた場所に執着していることも、それなのにうっかりほかの親子にとられたりしていることも、わかりました。
酪農学園大学の環境共生学類・野生鳥獣管理学講師の伊藤哲治さんは、「個体によって行動がまったく違い、個体によって個性があるということがよくわかった調査になった」と振り返ります。
GPSを見ると、住宅の近くまで来ていたクマもいましたが、それだけを伝えて不安をあおりはしません。
目撃情報や痕跡調査も合わせて、人の食べ物には手を出さず、フキやアリなど自然のものを食べて、ひっそり動いていることも伝えます。
積み重ねれば、暮らしを守るヒントも見つかるかもしれない調査ですが、実施できる地域は限られています。
一度クマを箱わなで捕まえて、GPSをつけてから山へ帰すので、「なぜ捕まえたクマをまた放すんだ」と反対の声が出やすいからです。
占冠村では、浦田さんの存在があってこそ実現できたのだといいます。
伊藤さんは、「専門員の浦田さんがいるからこそ、住民の方の理解も得られる。最初は大丈夫かという声もあったけれど、こちらも一生懸命やってしっかりデータを見せることで次第に信じてもらえるのかと思う」と話していました。
調査にもとづいた、落ち着いた報告に、住民は必要以上に怖がらず、正しく知ろうと耳を傾けていました。
住民からの質問も次々上がって、中には「クマのフンを見かけることがあるが、拾っておいたら学生さんたちの研究のお役に立てる?」と言う人も。
ただ発表を聞くのではなく、質問をしたり、自分も行動しようとする姿からは、住民たちも「クマとまちづくり」を考える一員になっていることが感じられました。
小学生の子どもの希望で参加したという親子がいました。子どもはノートにメモを取りながら発表を聞いていて、「少しでも知りたいと思って参加した。もっとクマの生態を調べたくなった」と話します。母親は、「こうしたイベントの機会があると対策がわかりやすい」と話していました。
発表に出てきたクマの出没現場の写真を「うちの近くだ!」と指さしながら聞いていた住民は、「よく勉強しておけば正しく共存できるかなと思って参加している。最初は怖いと思っていたけれど、こうして情報公開をしてくれて、人のゴミには今のところ興味がないようだ、自然のものを食べていると知識として教えてくれると、じゃあフキの近くは散歩とか気をつけようと思える」と話していました。
住民たちのあたたかい拍手を受けた浦田さんは、「私は村に常にいるので、いつでも説明しに来てと言っていただいて結構です」と答えます。
参加した住民は、「地域に専門員がいることで、安心できる」と笑顔で話してくれました。
浦田さんは、道が主催する「北海道ヒグマ保護管理検討会」のメンバーにも選ばれています。
ヒグマの生息状況や道が実施する施策について、専門家らがそれぞれの知見から意見し、道のヒグマ対策に反映していくための会議です。
道のヒグマ対策室・武田忠義主幹は、「実際に地域の中で対応にあたっている方の意見は、全道にとっても参考になる」と話します。
通常、公務員は部署異動がありますが、占冠村が「専門員」というポストを設けたことについて、大きな期待を寄せています。
「クマの出没の状況は千差万別。見極めて適切な対応ができる専門家は重要」
地域によって違う、クマの事情と、人の事情。
武田主幹は、北海道全体の大きな方針をみがいていくのと同時に、それを各地域で活用していくための人材や予算の確保、組織作りが重要な課題だと話していました。
行政が職員として「専門員」を雇うのは、全道でも先進的な取り組み。
浦田さんは、野生動物についての専門知識を持つだけでなく、地域に根付いた調査を続け、コミュニケーションを大切にすることで、住民からの信頼を得て、「村全体で取り組むクマ対策」へと歩みを進めていました。
ただ、占冠村のすごいところは、浦田さん個人だけではありません。
次回の記事でお伝えします。
⇒【クマがヒツジの放牧地に…妻と10メートルの距離。でもハンターが「撃たなかった」理由とは】
連載「クマさん、ここまでよ」
編集:Sitakke編集部IKU
※掲載の情報は取材時(2023年2〜3月)の情報に基づきます。
■「クマの事故はメディアのせい」批判受け、1年半前の取材を“記者の目線”から振り返る
■クマが飼い犬を地面に…「OSO18」の影で続いていた「RT」の被害から学ぶ、クマとのつき合い方
■クマに会ったらどうする?札幌の“チカホ”に現れた「クマさん」たちが教えてくれたこと
連載[「クマさん、ここまでよ」] (https://sitakke.jp/tag/285/?ref=sn)