札幌では毎年クマの出没が相次いでいますが、ここ10年で最も出没が多かったのは、2019年でした。
そのほとんどが、札幌市南区。1頭のクマが大きく影響していました。
2019年の夏、札幌市南区藤野・簾舞の住宅地に毎日のように現れたクマ。
人を恐れる様子がなく、悠々と歩き、家庭菜園などを荒らしました。
その後の調査で、実は、その前兆となる被害が4年前からあったことがわかっています。
原因がわかったものの、対策は一筋縄ではいかない…はずだったのですが、ある「スーパーマン」の登場で、大きく進みだしました。
藤野・簾舞の騒動からの日々…再発防止に取り組んできた人たちがいます。
【この記事の内容】
・2019年、人の目を気にせず…
・4年前から近づいてきていた
・対策にはハードルが…飛び越える「スーパーマン」が登場
・実は参加者には、クマ対策以外にもメリットが
顔まわりの毛の色の違いまで、はっきりと見えるほど、明るい時間に現れたクマ。
食べているのは、りんご。
それも、一軒家の庭にある木になったものです。
山から悠々と歩いてきて、ほかの住宅の敷地を横断し、この庭に入って木に登りました。
目の前でパトカーが見張っていて、家の中から窓越しに住民が見ている中で、クマはおよそ3時間、りんごなどを食べ続けていました。
2019年夏、クマは毎日のように札幌市南区藤野・簾舞地区に現れ、家庭菜園のトウモロコシなどの被害が相次ぎました。
札幌市は駆除の方針を固めましたが、夜間や、住宅の近くでは、法律で発砲が禁止されています。
目の前にクマがいても、何もできない日々が続く中、ある日クマは、朝になっても住宅地にいました。早朝、山に戻っていくところを警察やハンターが追いかけ、山の中から銃声が響きました。
なぜクマは住宅地にやってきたのか。
札幌市では、NPO法人「EnVision環境保全事務所」に業務を委託し、クマが出没した際の調査・対応を行っています。
現場に残されたクマのフンや毛からDNAが採取できた場合、そのデータを蓄積しています。
ことし2月18日と25日の2日間、札幌で行われたフォーラムで、「EnVision環境保全事務所」の早稲田宏一さんは、これまでのデータをもとにわかった出没の原因について話しました。
2019年夏に藤野・簾舞地区に出没したクマ。駆除の後、DNAを採取すると、過去に複数の場所で採取されたDNAと一致したといいます。
2015年8月、藤野のナシの被害現場。
2018年7月、藤野の野外スポーツ交流施設「フッズ」近く。
2019年7月、簾舞の中学校の近く…。
同じ地域で4年前から、果樹の被害を出していたのです。
DNAが残されていない現場もあるので、うち何件がこのクマによるものか完全にはわかりませんが、2019年は簾舞の中学校でクマのフンが見つかった時点までで、南区での出没情報が90件を超え、前年の同じ時期と比べ6割ほど多くなっていました。
早稲田さんは、6月から8月にかけて、果樹が関係する被害が多かったと話します。
そのうちの一つの被害現場を訪れたとき、近くに、誰も管理していない果樹があるエリアを見つけたといいます。いわゆる、「放棄果樹」です。
そこには、たくさんのクマの痕跡が残されていました。1頭ではなく、5~6頭分の痕跡が確認できたといいます。
人口が減るにつれ、増えた「放棄果樹」。人は誰も収穫や手入れに訪れず、毎年果実が実る場所は、クマにとって栄養が高くおいしいものを、簡単に食べられる場所になります。
こうして人が育てた果実のおいしさを覚えたクマが、住宅地にやってきて、家庭菜園や庭の作物まで食べてしまう…
「放棄果樹」の対策の必要性が明らかになりました。
しかし、ひとつの原因がわかったからといって、すぐに放棄果樹を撤去する方法は見つかりませんでした。
放棄果樹も個人の財産。所有している人は高齢などを理由に対処ができず、一方で行政も個人の財産に手を付けるのは難しいというハードルがあったといいます。
早稲田さんは、そこで「スーパーマンが登場した」といいます。
小川巌さん。環境市民団体「エコ・ネットワーク」の代表です。
「エコ・ネットワーク」は、1992年に設立された、環境にかかわる問題を市民と一緒に考え行動に移す団体で、有機栽培農園の雑草除去ボランティアや、放牧地でトラクターのパンクの原因になるエゾシカの角を拾うボランティアなどを企画してきました。
問題に気づいたときに、すばやく動けるようにすることを大切にしてきた団体です。
早稲田さんが放棄果樹の話をしたときも、小川さんはすぐに応えてくれたといいます。
被害が相次いだ翌年、2020年2月に話が動き出すと、6月には放棄果樹の撤去のボランティア「クマボラ」がスタート。
果樹を伐採し、運び出せるように枝をハサミなどできって整理します。
伐採はチェーンソーが扱える人が行いますが、枝を切る作業は特別な技術がなくてもできるため、一般の市民が多く参加しています。
現在の「クマボラ」登録者は、およそ70人にのぼります。
2020年6月から、2022年11月の間に、合計8か所で300本の放棄果樹を撤去したといいます。
この地区のクマの出没情報は激減。2019年に出没を繰り返したクマが駆除されたことも大きいのですが、早稲田さんは、「クマボラにも劇的効果があった」と話します。
早稲田さんが小川さんを「スーパーマン」と話す一方で、小川さんは、「エコ・ネットワーク」だけでなく、早稲田さんら「EnVision環境保全事務所」と、札幌市の、3者の良好な関係がクマボラが円滑に進む理由だと話します。
「EnVision環境保全事務所」が被害の調査と対策すべき場所を助言し、札幌市が果樹園の所有者と話をつけ、「エコ・ネットワーク」が市民ボランティアを募って実行に移す…。
果樹園の所有者だけ・行政だけではできなかったことが、協力し合うことで実現しているのです。
フォーラムに来ていた「クマボラ」登録者に話を聞くと、必ずしも「クマ対策」が一番の動機ではないことがわかりました。
参加者にも、うれしいメリットがあるのです。
70代の女性は、80代の夫と2人で、これまでに3,4回「クマボラ」で枝を切る作業などに参加したといいます。
クマの駆除のニュースを見たときは、「クマだって生きる権利はあるのに、かなしい」と感じていたものの、クマを身近に感じる機会は少なかったそう。
たまたま小川さんに誘われて、「クマボラ」に参加してみると、「何もがむしゃらに頑張る必要はなくて、自分にできる範囲だけでいい」ことに安心したといいます。
「いつも夫婦で家にいるでしょう。自然の中でいい汗を流して、外の空気を吸いながら食べるおにぎりが、おいしいの」
「クマボラ」についての新聞記事を読んだことがきっかけで参加したという人は、「電話をしたら小川さんが『いつでも来て』と歓迎してくれた。伐採した木材を持ち帰ってもいいことになっていて、焚火の材料に使っている。薪は買うと高いから助かる」と話していました。
参加者にもそれぞれにメリットがある「クマボラ」。
ことしも5月から開催予定だということで、小川さんは、興味を持った人は気軽に「エコ・ネットワーク」まで連絡してほしいと話していました。
文:Sitakke編集部IKU
※掲載の情報は取材時(2023年2月18日・25日)の情報に基づきます。
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