2022.12.27
暮らす知床半島の羅臼町では、4年前から、犬を襲うクマの被害に悩まされてきました。
そのクマがはじめて目撃されたのは、隣の斜里町ルシャ地区。地名にちなんで「ルシャ太郎」、のちに「RT」と呼ばれるようになりました。
襲われた犬は8匹にのぼります。被害の詳細は前回の記事でお伝えしましたが、今年、突然の捕獲のニュースが入りました。
4年間捕獲できなかった「RT」を、なぜ捕獲できたのか。
2022年もあとわずか。
今も続く出没や被害に注目することも大切ですが、これまでの被害に向き合って対策してきた人の声には、ほかの地域にも共通する教訓が詰まっています。
来年の被害を防ぐために、ことしの学びを振り返ります。
連載「クマさん、ここまでよ」
【「RT」による4年間の被害の詳細⇒クマが飼い犬を地面に…「OSO18」の影で終わった「RT」の被害から学ぶ、クマとのつき合い方】
・飼い犬8匹が被害に…ハンター2人もけが
・最初の被害から4年、なぜ捕獲できたのか
・なぜ「RT」は犬を襲うようになったのか
・実は、「RT」の母親も…
2018年8月から始まった、飼い犬への被害。
4匹が死亡、2匹が血痕や体の一部を残して姿を消していて、2匹が大けがをしました。
さらに、町職員でありハンターでもある産業創生課の主任・田澤道広さんと、ハンターもう一人が、捜索中にクマと遭遇し、崖から転落して骨折などのけがをしています。
5件、8匹の被害は、現場に残されたDNAで、すべて同じクマ、「RT」によるものと判明しています。
町は最初の被害の直後から、箱わなを設置したり、住民に注意を呼びかけたりしてきましたが、「RT」はなかなか捕獲できず、住民の中には「それまで外で飼ってきた犬を中で飼うことはできない」という人もいました。
2022年7月10日の夜。箱わなに、1頭のクマが入りました。
体重200キロ、体長180.5センチの、オスの成獣。
DNAを調べた結果、4年前から犬を襲ってきたクマ、「RT」だということがわかりました。
12才以上と推定されています。
なぜ捕獲できたのか。
田澤さんに話を聞くと、「分析と継続」、そして「心構え」に大切なポイントがあることがわかりました。
羅臼町では、昔は箱わなにはハチミツを入れていたといいます。最近はシカの数が増え、クマがシカを食べる機会が増えたことから、シカ肉を罠に入れるようになりました。
犬を食べていた「RT」にも、肉が効果的だったのかもしれません。
罠を置く場所にも工夫がありました。
「できるだけクマがひっそりと隠れられる、やぶの中にかけた」といいます。
クマは背の高い草や、やぶに身を隠して移動します。
「RT」も、やぶの中に犬を運んで食べていたり、田澤さんらと遭遇したときにやぶに隠れたりしていました。
「RT」が入った箱わなを設置したのは、捕獲の10日ほど前。
その場所に設置したのは、近くでオスの成獣のクマが確認されていたからです。
それまでの調査で、「RT」もオスの成獣であることは分かっていました。
クマの姿が確認された場所は住宅地にも近かったため、「RT」か、「RT」ではなくても危険性のあるクマだと判断して、わなを設置したといいます。
世界遺産・知床半島に位置する羅臼町。日頃から知床財団とも連携しながら、捕獲が必要な危険性があるか、どんな対応をすべきか、判断しながら対策しています。
田澤さんは、「RT」とのこれまでについて、「4年前から続けていたので、箱わなには入らないのかと思っていました。最後のわなにも設置してから10日ほどは入らなかった。それでも色々な機会や情報を得ながら対策をしていくことが大切だったかもしれないですね」と話していました。
今回、年末という機会に「RT」とのこれまでについて聞きたいと取材を申し込んだところ、田澤さんはその場で、4年前からの被害と、7月の捕獲の経緯について、すぐに詳しく教えてくれました。
そのときそのときの情報を詳しく記録していること、DNAが残されていたら分析して「クマごと」の行動を調査していること、その分析を踏まえて対策を続けること…
「RT」の被害があった現場はもちろん、被害がないときも、フンや毛を見つけるたびにDNA分析し、その行動を読んできました。
「RT」捕獲の背景には、長年クマとの距離が近い場所で住民の暮らしを守ってきた、羅臼町ならではの“地道”な工夫がありました。
羅臼町では「ずっと前に犬が被害にあった例もある」といいますが、2018年まではペットや家畜への被害はまったくありませんでした。
その中で、なぜ「RT」は犬を襲うようになったのか。
田澤さんは、「おかしなことではない」と話します。
「たまたまだと思うんですよね。普通は人の活動エリアではクマは警戒するはずですが、RTはたまたま、活動したいエリアに犬がいて、人より先に気づいて吠えてきて、邪魔だったのかもしれない。戦って相手を食べるのは、動物としておかしなことではないと思うんです」
畑のデントコーンの味を覚えて繰り返し出没するクマ、家庭菜園のリンゴの味を覚えて住宅地にまで来るようになるクマ、ポイ捨てされたゴミの味を覚えて次第に人慣れが進むクマ、繰り返し牛を襲うクマ…
全道各地で確認されてきたそんなクマたちの中で、「RT」の場合は、たまたま出会ったのが犬だったのかもしれません。
田澤さんは、「町では4年前から犬を屋内で飼うように呼びかけていますが、クマを引き寄せるのは犬だけではありません。ゴミや干し魚をクマに狙われるたび、気をつけるよう広報していますが、なかなか100%はなくならない…今も続く課題なんです」と話します。
ゴミや干し魚の被害は、「去年は数え切れないほど」あったといいます。一方、ことしの被害は確認されませんでしたが、「人側の行動も10年前に比べたらよくなったが、クマを引き寄せる行動がゼロにはなっていない。来年も被害がないとは言い切れない」と話します。
「被害は、人の油断とクマの行動の組み合わせで、たまたま起こるものだと思うんです」
羅臼町では、「何かあったとき」だけでなく、クマを引き寄せるものへの注意喚起や、町内会と草刈りイベントをするなど、「日頃の対策」を続けています。
(※草刈りは、クマが隠れられる背の高い草を刈り、住宅地への移動ルートを遮る対策)
田澤さんは、大切な「心構え」を教えてくれました。
「災害と同じで、クマもいつ来るかわからない。10年被害がなくても、今年はあるかもしれないと思って、絶えず来てもいいような心構えをしています」
実は「RT」の母親も、「問題個体」として、人に駆除されています。
2012年、「RT」の後に産んだとみられる、1才の子どもを連れていたときでした。その子どもも、一緒に駆除されています。
2018年、「RT」による最初の被害の前の月には、同じ地域で「ペットのヤギ」がいなくなりました。クマによる被害とみられています。
当時の取材で、飼い主の酪農家は「血痕がワーッとあって、引きずっていったような跡があった」「クマが敷地の中まで来るとは思ってなかった。子どももいるので怖い」と話していました。
田澤さんによると、近くに残されたフンのDNA分析の結果、「RT」とは別のクマでした。そのクマによる被害は続きませんでしたが、このことも、「RT」だけが特別ではなく、犬だけに気をつければいいのでもない、ということを裏付けています。
災害と同様の、「10年なくても今年あるかもしれない」という心構え。
田澤さんは、「クマとの距離が近い羅臼町だからこそ思ってきたことですが、今や全道民が同じ心構えでいるべきなんじゃないかと思っています」と話していました。
連載「クマさん、ここまでよ」