2022.12.11

暮らす

「クマの事故はメディアのせい」批判受け、1年半前の取材を“記者の目線”から振り返る

「クマの人身事故が起きたのは、メディアのせいじゃないのか」

この1年半、何度もそう言われました。去年6月、札幌市東区の住宅街にクマが現れ、4人が重軽傷を負って以降です。

HBCの幾島奈央(いくしま・なお)と申します。2018年に入社し、報道部に配属されましたが、去年7月に異動し、「Sitakke」でクマ連載を担当しています。

ことし11月19日、旭川で開かれたヒグマフォーラムで、「メディアの役割」についてお話する時間をいただきました。その際も、東区での取材体制についての質問が寄せられました。

過去の放送や記事でお伝えしたことに重複する部分もありますが、この機会に、現場にいた記者の目線から、改めてクマ報道のあり方を考えます。

連載「クマさん、ここまでよ

去年6月18日、午前5時ごろ。電話の着信音で目を覚ましました。山﨑裕侍(やまざき・ゆうじ)編集長からでした。

編集長は、限られた放送枠の中で、どのニュースをどのくらい伝えるかを決定する役割。記者たちは、編集長の指示をもとに、各取材現場へと駆けつけます。

「札幌市東区にクマが出たって情報があった」

泊り勤務の記者が、泊り勤務の大内孝哉(おおうち・たかや)カメラマンを現場に向かわせた後、編集長にも情報共有をしたようでした。

札幌でのクマの目撃は、山林に接していて面積の広い南区がほとんど。その時点では、警察もクマの姿を確認しておらず、いち早く現場についていた大内カメラマンも「そのときは誤報じゃないかと思っていた」と振り返ります。

取材を振り返る大内カメラマン(2021年)

山﨑編集長が私に電話をかけたのは、私が入社1年目からクマに強い関心を持って取材を続けていたからです。
山﨑編集長は「まだいるかわからないんだけど…もし本当だったらまた電話するから、いつでも出られる準備をしておいてくれるかな」と話していましたが、「今すぐ行きます」と答えました。

「何事もなければいい」と祈りながらタクシーを待ちましたが、乗車してから現場に向かう間に、目撃情報が積み重なってきました。

私は目撃があった地点をノートに書き出してみました。すると、クマが短時間に広範囲を移動していることがわかりました。クマは猛スピードで走っているのではないかと思いました。

午前6時すぎ、大内カメラマンがクマを目撃しました。

「大型商業施設の前を通りかかったとき、近くを走っていた車が10秒ほど大きくクラクションを鳴らしたのです。その瞬間、『クマだ』と思い、カメラの録画ボタンを押しました。ファインダーには商業施設の駐車場を走るヒグマの後姿が映りました。するとヒグマが走っていった先に人がいて、直感的に危ないと思い『逃げて!』と叫びました」

この後、クマは商業施設と小学校の間の茂みに身を潜めました。札幌市の職員や警察、各社の取材陣が集まってきました。茂みから少し離れた場所に停まっていた大内カメラマンのタクシーに、私も合流しました。

茂みの近くは規制線が張られ、タクシーではあまり近づけません。他社のカメラマンや記者の中には、車から降りて、規制線の前で構えている人たちもいました。

大内カメラマンは、「他社のカメラマンにも『降りたら危ない』って言ってみたんだけど…」と話していました。自分たちは車の中から撮影を続けようと話し、別の車にいた後輩記者とは携帯で連絡を取り合いながら、「他社が出ていても、車から降りないで」と伝えました。

そのとき、本社に送っていた映像を見た山﨑編集長から、「茂みの前に報道陣の人だかりがあって、クマが顔を出してもうちのカメラに映らない。もっと近くで撮影できないか」と連絡がありました。

私は、新人記者のときに研修で習った、1991年の雲仙普賢岳の火砕流を思い出していました。「報道陣が近づきすぎたせいで、同行していたタクシー運転手らも亡くなった」「災害報道では、取材者の安全を確保することも大切」と教わりました。

災害報道と同じで、クマ報道も、命を守るためにやっていることを忘れてはいけないと思いました。取材者の行動によって、クマを興奮させて、それが周りの人の被害につながるかもしれない…

左が幾島、右が山﨑編集長。入社当初から指導を受けていた(写真は2019年)

山﨑編集長には、何度も一緒に番組を作り、議論してきた信頼がありました。なので、「今は車から降りません」と言いました。
「このクマは広範囲を短時間で移動しています。クマは時速50キロで走るので、いつ茂みから飛び出してくるかわからない状況で車から降りて取材したら自分たちの安全を確保できません」

入社4年目の記者が、その日の報道のトップに反論したことになりますが、山﨑編集長はすぐに「そうか、わかった」と言い、報道部全体に向けて指示を撤回、「安全を優先して取材を」と言い直してくれました。報道局長も、「他社と映像的に見劣っても、安全を最優先しよう」と判断したといいます。

警察らが茂みの前から移動していきます。茂みを出ていくクマの姿は見ていないので、やはり遠くにいて見逃したのだと思います。

私たちはクマを見失いましたが、大内カメラマンはこのとき、クマの姿を撮ることにこだわっていませんでした。カメラをまわしながらも、歩いている人を見つけるたびに窓を開け、「クマいるよ、クマ!」「逃げて!」と叫んでいました。

大内カメラマンは、「人の身に危険が迫っているとき、一度冷静になって考え直すことが大事で、一番いい映像を撮ることがすべてではないと実感した」「クマの姿を撮影するのが最優先と思っていたが、情報が少ない住民に声をかけながらカメラを回し続けようと決めた」と振り返ります。

その頃、警察を取材していた記者から「けが人発生か」と連絡が入っていました。警察署も混乱しているのか、「けが人は2人」「いや、3人…」とこま切れに情報が入ってくる中、タクシーが角を曲がり、窓の外に見えた光景に息をのみました。

人が倒れていました。起き上がれない様子で、警察官が駆け寄っていきます。

通勤・通学の時間に差し掛かっていました。周囲にはまだ歩いている人がいます。

大内カメラマンが「クマいるから!」と声をかけても、不思議そうな顔で振り返るだけの人もいて、私も窓を開けて「すぐ近くにクマがいて、今どこにいるかわからない、ゴミ投げてないで家の中にいたほうがいいです」と説明してやっと、「えっ」と驚いて家の中に戻ってくれる、というような状況でした。

テレビやラジオ、インターネットで速報したことが届いていない。
伝える力の不足を痛感しました。

この後も私たちの取材は続き、「クマが今どこでどんな様子でいるか、映像で伝えることで防げる被害がある」という想いと、「自分たちの安全も大切にしなくてはいけない」という想いを天秤にかけて、その場その場で迷いながら判断をしました。絶対に安全だったと言い切れるか、迷う場面もあります。

ただ、大内カメラマンは、クマを見かけたら車を停めて様子を伺いながら撮影していて、去っていくクマを追いかけずに「あっちに向かったなら、緑地に行ったかもしれないから先回りしてみよう」などと考えて判断してくれました。

山﨑編集長は現場の意見に耳を傾け、尊重してくれました。そして後日、番組や情報誌で自社のクマ報道を検証し、「うちも近づけないか」と指示したときの私とのやりとりについて、「僕は自分の認識の浅はかさを恥じた」と発信していました。

今回はただ、組むカメラマンと上司に恵まれただけで、HBCのクルーがクマと事故を起こす・クマを追いかける可能性がゼロだったとは思いません。クマ取材に関しての温度感を、HBCの取材にかかわる全員が事前に共有できていたわけではないからです。

4人が重軽傷を負い、クマも駆除という結末になってしまった

私は直後に報道部から出ましたが、東区で身に染みたメディアの責任には、これからも向き合わなくてはいけません。

長崎の雲仙普賢岳での教訓が、北海道のテレビ局で、当時まだ生まれていなかった私たち記者に引き継がれたこと。その意味を考えると、私には、反省を風化させず、クマ報道について声を上げていく責任ができたのだと思っています。

昨年末、後輩記者から、「東区のクマ報道を振り返る特集を作る」と言われ、インタビューを受けました。その中で私は、「けが人が出るのを防げなかったのは、私たち報道が伝える力が足りなかったからだと思って反省しています。そこでもし、災害のように注意喚起ができていたら、みんなが出歩くことをやめていたかもしれない。また常日頃からヒグマについてもっと伝えていれば、道民の意識も変わったのではないかと思います。そこは反省点です」と話しました。

この1年半、「何かあったときだけでなく、日ごろからクマの話題を発信して、道民にとって日常化・じぶんごと化したい」と、Sitakkeでクマ記事の執筆を続けてきました。

また、専門家や札幌市、大学生と協力して、「クマとまちづくり」を考えるプロジェクトを始めました。この連載の中で、クマの知識ゼロの大学生が、徐々にじぶんごと化していく課程を自分自身で書いてくれた記事も紹介しています。

地道な活動ではありますが、「知っていれば防げた被害」をなくすために、発信を続けていきます。学生には温かい目で、メディアには厳しい目で、これからもクマにかかわる発信に注目いただけると嬉しいです。

連載「クマさん、ここまでよ

文:HBC/Sitakke編集部・幾島奈央

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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