2022.07.04

出かける

このクマが旭山動物園にいる、悲しい理由。クマが伝える、ヒトという生き物の姿【旭川クマ旅#3】

ことし旭川では、「クマ」にまつわる新スポットが登場しています。日ごろクマの連載も行っているSitakkeでは、「旭川クマ旅」に出かけました。1回目、2回目の記事では、動物好きにはたまらないホテルについてご紹介しましたが、きょうは、旭山動物園へ!

ことしオープンしたばかりの、「えぞひぐま館」についてお伝えします。見た瞬間、じっと見たとき、展示を読み込んだとき…それぞれで感じ方が変わる施設です。

暮らしているのは、メスの「とんこ」。22年暮らしていた猛獣館から「えぞひぐま館」に引っ越してきました。好奇心旺盛な性格で、すぐに新しい環境に慣れたそう。

「とんこ」が旭山動物園に来たのは、1999年。その理由は、人が関係する、悲しいものです。「とんこ」の姿と「えぞひぐま館」が伝えるメッセージとは…。

【この記事の内容】
・近づいた瞬間「あっ!クマだ!」
・じ~っと見ていると、意外なことが…
・じっくり読みこむと、気づかされるのは…
・動物園を出た後…

「あっ!クマだ!」

旭山動物園の正門から入って、まっすぐ進みます。ペンギンやホッキョクグマに癒され、オオカミが遠吠えする声を聞きながら坂を上っていくと…ガードレールに囲まれた施設が見えます。

近づくと、「動物注意」の黄色い看板が。

そのとき、横から駆け寄ってきた子どもの「あっ!クマだ!」の声が。中央のあたり、木の向こうに、クマがいるのが見えます。

このように、「北海道の道中で、クマを目撃する瞬間」を体感できるのが、「えぞひぐま館」の特徴のひとつです。

ガードレール沿いに、次々と人が集まり、「大きい!」「こわい!」と声を上げます。

たしかに、盛り上がった肩や、のしのしとした歩き方、日の光で輝く毛並みは、力強さを感じます。

旭山動物園にはいろいろな魅力的な動物がいるので、たくさんの動物を見るために、ここまでで立ち去りたくなる気持ちも、わかります。でも、せっかくの「えぞひぐま館」。じっくり見ると、発見があります。

じ~っと見ていると…あれ?ずっと同じことしてない?

ガードレールのある場所から、左手へ進むと、「えぞひぐま館」の入口があります。中へ入ると、ちょうど「とんこ」もこちらに移動してきたので、ガラス越しに、より近くで対面することができました。

岩場からひょっこり!この水場で、水を飲むこともあるそうですが、この日は、すぐに下を向きました。

下を向いたまま、少しずつ前進。こちらにおしりを向けて、何かに夢中になっています…。

何してるの?とのぞき込んでいると、こちらを一瞥して…

やれやれと言わんばかりに(?)、持ってきてくれたのは…

葉がついた枝です。この日は、ず~っと夢中で草や葉を食べていました

先ほどは「こわい!」と言われていた「とんこ」。大きな口や手足を持っているのに、器用に枝をおさえて、引きちぎるようにちょっとずつちょっとずつ葉を食べているなんて…かわいい。

器用に枝から葉っぱを取って食べている

木があり、水場があり、自然に草が生えた、まさに北海道の自然に近い環境。クマのふだんの「暮らし」が垣間見えます。

「こわい」イメージと、落ち着いているときのクマには、ギャップがあります。住宅街でのクマの出没のニュースが相次ぎ、不安になってしまう昨今ですが、動物園でじっくり見ることで、正しいクマの姿と、怖がりすぎずに備える方法が見えてきます。

ヒグマの飼育担当・大内章広(おおうち・あきひろ)さんは、「正確にこわがるならいいんです。正しい知識と情報を提供したいと思っています。クマは『こわい』イメージだけではなく、彼らなりの道理で暮らしているんですよ」と話します。

人から見たら、クマがマチに出てきたら、「悪いこと」に思えるかもしれません。でも、クマにも「人に近づいたら食べ物がもらえるかも!」「森から出たら、ほかのクマに会わなくていいから安全」など、「道理」があるのです。

大内さんは、「一方向から物事を見るのではなく、いろいろな方向から見てほしい」といいます。その「いろいろな方向」から、一歩引いて考えられる場所も、「えぞひぐま館」の中にあります。

じっくり読みこむと…「とんこ」が旭山動物園にいる悲しい理由

草に夢中の「とんこ」から、いったん離れて奥に進みます。「クマだ!」「こわい!」と歓声が上がっていた外とは違って、多くの人が黙って足を止めているスペースがありました。

壁に大きく掲げられた、「しれとこヒグマ絵巻」。

世界遺産・知床の自然を「知り、守り、伝える」活動をしている公益財団法人・知床財団と、知床在住の絵本作家・あかしのぶこさんが協力して、人とクマの問題をイラストにしたものです。

その中には、いろいろな「暮らし」が。

山の中で、我が子を抱く母親のほほえみ。

登山中、しっかりクマ鈴を鳴らして、「クマさん、来ないでね!」と知らせている人たちと、その音を聞いて、ひっそりと隠れる親子グマの背中。

巨大なオスグマを見つけ、子どもたちが襲われないように、逃げなければと焦る母親。

自然の中で「いい緊張感」を持っているクマと人もいる一方で、倉庫を荒らしにやってきたクマと、驚く人も…。

なぜ、このクマは倉庫を荒らしに来てしまったのか…。絵巻の中には、その理由を想像させる瞬間や、そうさせないために努力する人の姿も描かれていて、それぞれに手書きの注釈が添えられています。

絵巻に描かれた瞬間は、それぞれ物語ではなく、何年も前からずっと続いている、現実の課題です。

「とんこ」も、人によって生き方を変えられました。

「とんこ」は動物園生まれではなく、森の中で生まれ育ちました。絵巻で描かれていたように、母親の愛情を受けながら過ごしていた時期があったのでしょう。

しかし、1999年、「とんこ」と母親は、道北の中頓別町のまちなかに入ってしまいました。人は、人の安全のため、母親を駆除することを選びました。一方で、まだ小さかった「とんこ」をどうするかは、迷いました。議論を重ねた末、旭山動物園が保護することになったのです。

「こわい」「かっこいい」「かわいい」…動物園でいろいろな人の関心を集める「とんこ」は、人に対して、どう思っているのか…。展示をじっくり読んだ後は、クマ側の「道理」を考えさせられます。

柵の外にいる人を見つめる「とんこ」

「住宅地に出たクマは、駆除せず、『とんこ』のように動物園で保護してくれたらいい」と思う方も、いるかもしれません。ことし3月、札幌市西区の三角山で、巣穴に子グマ2頭が残されていたときも、札幌市には「子グマを保護してほしい」という声も複数寄せられていたといいます。

しかし、大内さんは、「とんこ」の場合は議論を重ねた上でどうしようもなくした判断で、「レアケース」だったと強調します。「住宅地に出たとき、親は駆除するけど、子どもは『かわいそう』というのは、『人のものさし』が入ってしまっています。それでは、何のために駆除するのか、道理がかなっていません」

「とんこ」の母親を、人が駆除したときから、20年以上が経ちました。それでも、駆除されるクマがいて、駆除か保護かと議論がされる状況は、今も繰り返されています。

「えぞひぐま館」の中には、この絵巻だけでなく、クマの生態や、旭川市のクマ対策、北海道の河川や森林についての手書き看板も、随所に設置されています。北海道の自然の中には、クマもいて、魚もいて、植物も生えていて、その中で人も暮らしている…。

「とんこ」の姿と、自然と動物について深く考えている人たちが作り上げた「えぞひぐま館」は、クマだけでなく、「ヒト」という生き物の姿を突き付けているように感じました。

動物園から、暮らしへ

「とんこ」を見て、展示を読んで、感じたこと・知ったことは、動物園を出た後の、暮らしにつながります。

「えぞひぐま館」の周囲をぐるっとまわって、もう一度、ガードレールの前へ。

そのそばに、こんなものがありました。何かわかりますか?

土が盛り上がっているだけに見えますが、よく見ると、シカの角が飛び出しています。

これは、通称「土饅頭」。クマが、自分の食べものを隠しているのです。大きなシカを一度に食べきらずに、後で食べようと土や枝で隠しておいたものを再現しています。

山などでもし見かけたとしても、何だろう?と思って近づいてはいけません。クマはすでに「自分のもの!」と執着しているので、近くで見ている可能性が高いのです。

「土饅頭」を知っていれば、防げる事故があるかもしれません。そのような暮らしに役立つ知恵が、手書き看板つきで、ガードレールまわりにも展示されています。

今度は地面に伏せて、集中して草を食べていた「とんこ」。

森の中でも、このような、クマそれぞれの穏やかな暮らしがあるのでしょう。

北海道という同じ大地で暮らす、クマとヒト。「えぞひぐま館」は、うまくいかない2つの生物の関係を描くことで、自然は「ヒトのものさし」だけでなく、たくさんの生物がいて成り立っているということに、気づかせてくれました。

日の光を浴びながら、腰を下ろして、ゆったり遠くを眺める「とんこ」。いま、何を考えているのでしょうか。

特集「旭川クマ旅
連載「クマさん、ここまでよ

文:Sitakke編集部IKU
2018年HBC入社、報道部に配属。その夏、島牧村の住宅地にクマが出没した騒動をきっかけに、クマを主軸に取材を続ける。去年夏、Sitakke編集部に異動。ニュースに詰まった「暮らしのヒント」にフォーカスした情報を中心に発信しています

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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