2022.06.02
暮らすおそろいのピンクのつなぎに、“クマ耳”を身に着けた5人組。札幌藻岩高校の3年生です。
「困ったくま」というグループ名で、クマ対策に取り組んでいます。
きっかけは去年、高校で「ヒグマとの共生」をテーマにした授業を受けたことでした。座学だけでなく、札幌市円山動物園でフィールドワークをしたり、自分たちで啓発パンフレットを作って発信にも取り組んだりと、積極的に学びを深めてきました。
その後も自ら対策を続けたいと考え、今では課外活動として、主体的に取り組んでいるのです。
5月末、住宅地にクマが迷い込まないようにする、ある対策を行いました。その対策は、以前から専門家が効果があると言ってきたものですが、実際に「困ったくま」と一緒に体験してみると、「こんなに簡単に楽しくできるんだ」という驚きと、発見がありました。
【この記事の内容】
・クマが住宅地に迷い込む理由
・迷い込まないようにする方法
・高校生が教えてくれた、3つのこと
こちらは去年、札幌市東区の上空から撮影した写真です。草むらの中に、黒い動物がいるのがわかるでしょうか。クマです。
このクマは去年6月、住宅地に迷い込んで4人にけがを負わせました。これはその直後の写真。住宅地を猛スピードで逃げ回った後、背の高い草に身を隠し、緑地へと入っていったのです。
前編の記事で詳しくお伝えしましたが、札幌市は、このクマは事故の20日ほど前に茨戸川緑地で目撃されたクマと同じと考えています。
クマはこの川の近くで川魚などを食べながら、20日間ものあいだ、茂みに身を隠し、人に見つからずに暮らしていたとみられています。
体が隠れるような茂みを好んで移動するのは、このクマだけでなく、広く生態として知られています。森林から住宅地まで、みどりが生い茂っていて、魚も食べられる安全な通り道が続いている…それが、クマがつい住宅地に迷い込んでしまう理由です。
そこで、「困ったくま」が手にしたのが、鎌やハサミ。草刈りをして、クマが身を隠せないようにするのです。
訪れたのは、札幌市南区真駒内の川沿い。
地下鉄南北線・真駒内駅からもほど近い場所で、近くには住宅地が広がっています。
この川沿いは、地域の人がランニングやサイクリングをしたり、犬の散歩をしたり、野鳥を撮影する人が訪れたりと、人も通りたい道。なので、クマが「通りたくない」と思ってくれる道を目指します。
「困ったくま」の5人と教職員、札幌市の職員のほか、高校の後輩たちや、北海道大学の学生、地域の人も参加し、合わせて30人ほどが集まりました。
さっそく取り掛かってみますが、草は、しゃがむと同じくらいの背丈…。道から川までは傾斜もあるので、ふつうに歩いていたら、クマが隠れていても、すぐには気づけなさそうです。
こちらは身長とほぼ変わりません。この生い茂った草を、腰を曲げて刈っていくのは、時間がかかりそう…と思いきや。
このゾーンは、10分ほどでスッキリ!
複数人でいっせいに取り掛かると、案外、すぐに終わるのです。
行政がやってほしい…と思うかもしれませんが、札幌市のクマ担当は4人だけ。それも先進的なほうで、道内ではほかの分野の仕事と兼任でクマ対応をしている自治体が多いです。札幌市でも毎日のように相次ぐ目撃情報への対応や、情報発信、電気柵の貸し出しなど予防策、エゾシカやカラスの対応も行っていることを考えると、行政だけで全域の草刈りをするのは難しいのが現状です。
クマ対策は命にかかわる全道の課題である以上、各地域での専門人材の充実や、地域をまたいだ連携を、道が力を入れて進めていく必要があります。それと並行して、ごみ出しのマナーを守るなど、住民ひとりひとりの対策も欠かさずに行わなければ、クマを引き寄せてしまう…。行政も住民も、「みんなでやる」必要があるのが、クマ対策です。
さらに、住民が関わることに“意味”があると、参加者が気づかせてくれました。
近くに住む、70代の男性。「若い人が気づいて、行動まで起こすのは素晴らしい」と感銘を受け、参加を決めたそう。
実際にやってみた感想を尋ねると、「楽しい!」と即答。「真駒内の豊かな自然と安全な暮らしは当たり前じゃないと知ること、それを地域に住む人が自分たちで守っていくことが大事だと思う」と話していました。
私も一緒に参加させてもらったのですが、すぐに「もう刈るところがないなあ」と感じるほど、どんどん見晴らしがよくなっていき、爽快感がありました。
次第に、みどりの奥に隠れていた川がすっきりと見渡せるようになっていきました。背の高い草がなくなったことで、自然が減ったというよりも、むしろ景観が良くなり、芝生と木々、そして川のせせらぎという、自然の豊かさを実感できたように思います。
休憩もはさみながら続けて、終わるころには…
どうでしょう。木々が生い茂る左側から、川を挟んで、右側にある道、その先に広がる住宅地。その間に、はっきりと「ここから先は住宅地」という境界線が見えませんか?
これなら、クマも丸見え。「クマさん、ここまでよ!入ってこないでね!」というメッセージが、見てとれます。
この日も、時折みどりを眺めながらこの道を歩く人が多くいました。地下鉄の駅からすぐ近くに、これだけの自然を感じられる道があり、そしてその景観と安全を、市民自ら守っている…。
草刈りは、ひとりひとりが刈った量はわずかだったとしても、地域の魅力を再認識し、地域を守る一員になった実感を得られる体験でした。
草刈りをしている間、常に鈴の音が響いていました。
「困ったくま」のメンバーが、クマ鈴をつけていたからです。
個人個人で動くのではなく、エリアごとにチーム分けをして複数人で行動していて、どのチームにも「困ったくま」のメンバーが入るようにしていました。
「音を出す」「複数人で行動する」、どちらも毎年山菜採りシーズンに強調される、クマ対策の基本です。
このチーム分けには、楽しい効果も。地域の人や大学生と、高校生との会話が生まれていたのです。
休憩時間にも、「クマクイズ」を開催。「ヒグマの最長寿記録は何歳?」「オスの最大の体重は?」など、ちょっとマニアックな質問に参加者の意見は割れ、盛り上がりを見せていました。
「困ったくま」のメンバーは、「高校生が企画することで、若い人や地域の人がクマ対策に関わるきっかけを作りたい。これからも続けていく!」と笑顔で話してくれました。
初対面の参加者もいる中で、最後にはクマポーズをとって記念撮影をするなど、和やかな雰囲気に。
この数年、ほかにも複数の地域で、住民やNPOによる草刈りや、放棄果樹を撤去してクマを引き寄せないようにする活動が行われてきました。それでもまだまだ、対策が必要な場所はたくさんあります。各地域で、毎年の恒例行事のように、住民たちの楽しみとして継続するのが理想です。
札幌市東区にクマが出没したあの日から、もうすぐ1年。あなたの住むまちでは、対策はできていますか?
札幌市内で、じぶんの住む地域でも草刈りを企画したいと感じた方については、札幌市環境共生担当課(011−211−2879)が、場所の使用許可や技術面の相談に対応しています。
クマは、北海道全体の大きな社会問題となっていますが、その対策は、小さな積みかさねが大切です。「みんなで協力すると、簡単で楽しい」…高校生が教えてくれました。
連載:クマさん、ここまでよ