北海道のまちも、みどりにあふれてきました。1年前のこの季節に起こった、悲しい事故を繰り返さないための準備は、十分できていますか?
去年6月、札幌市東区にクマが現れ、4人がけがをした騒動。以前、現場で取材して感じたことをお伝えしました。
もうすぐ1年が経ちます。なぜ事故は起きてしまったのか。その問題の根っこを、これまでに専門家や行政が分析してきた結果をもとに、見直してみましょう。その分析を受けた、札幌市の新構想についてもお伝えします。
【この記事の内容】
・クマはなぜ住宅地に?
・約20日前から近くにいた?そのとき防げなかったの?札幌市の新構想
・早めに駆除してしまえばいい?
通勤や通学、ごみ出しで、人通りの多い時間帯。クマは住宅地を猛スピードで走っていました。住宅地に迷い込んでパニックになったと見られています。
クマが逃げ回る道中にばったり出会った4人が、けがを負いました。ひとりは骨を折るなど重傷で、入院とリハビリは半年に及びました。
そもそも、クマはなぜ、住宅地に迷い込んでしまったのでしょうか。
道警・札幌市の情報をもとに作成した、去年6月18日当日の、クマの大まかな移動経路です。
午前2時すぎに札幌市北区篠路町で「黒っぽい動物がいる」という通報があり、午前3時半ごろから東区北31条東19丁目あたりでクマの目撃情報が相次ぎました。
クマは南のほうへ向かっていき、午前6時ごろに2人にけがをさせます。その後、北に向かって走っていく途中で、さらに2人にけがをさせました。
その後、住宅地を走り抜け、水路へと逃げ込んでいました。クマは、川や緑地など、身を隠せる場所を選んで移動することが知られています。
そもそも住宅地に入ってきてしまったのも、身を隠せる経路があったからだとみられています。先ほどの図を拡大してみると…
川があるのがわかります。伏籠川です。
さらに、この川を北にたどっていくと、茨戸川、石狩川へとつながっています。人身事故の20日ほど前、茨戸川緑地では1件、クマの目撃がありました。その頃、付近では何度かクマのフンが見つかっています。
この茨戸川緑地周辺のフンは、見つかったときには古くなっていたため、詳しい解析はできませんでしたが、オスのフンであることはわかっています。札幌市は、クマの目撃地点が川でつながっていることから、茨戸川緑地で目撃されたクマと、人を攻撃したクマは同じ個体の可能性が高いとしています。
クマが事故の20日間ほど前から近くにいたとしたら…その間、クマはどこで何をしていたのでしょうか。そのときの対応で、事故を未然に防げなかったのでしょうか。
札幌市によると、クマの胃の中には、サクランボや魚の骨しかなく、ほとんど空だったといいます。ゴミなど、人の食べ物を食べた形跡はありませんでした。
ことし2月末に開かれた「さっぽろヒグマフォーラム2022」では、酪農学園大学の佐藤喜和教授が、その魚の骨は「フナ」だとみられることを報告していました。毛や肝臓の調査結果から、前の年にはサケ科の魚を食べていた一方、騒動前のしばらくの間は、フナなどの川魚をたくさん食べていた可能性が高いことがわかったといいます。
人身事故の20日ほど前に近くでクマが目撃された、茨戸川は、フナが多く生息しています。佐藤教授は、クマは20日間ものあいだ、この川の近くで、川魚を自ら捕ったり、鳥から奪ったり、鳥の食べ残しを拾ったりするなどして、暮らしていたのではないかと指摘します。
では、この約20日前の目撃の時点で、事故を防げなかったのでしょうか。
札幌市では、「さっぽろヒグマ基本計画」にのっとって、「クマの様子」と「出た場所」によって、対応を決めています。
「市街地」に出てきて、人を攻撃するクマは、「確実に捕獲」する対象。
ただ、たとえ市街地で目撃されたとしても、いまの計画では、人を怖がってすぐに山のほうへ逃げ帰っていったクマは、捕獲の対象にはなりません。クマの痕跡を調べ、市民に注意喚起をします。
約20日前の目撃では、クマは「人を避ける」様子で、場所も緑地あたりの「市街地周辺」だったため、捕獲という選択肢は、ありませんでした。札幌市は、近くの学校などに注意喚起をし、継続的に見回りをしていて、茨戸川緑地も一時閉鎖されていました。
しかし、けが人が出たことを重く受け止め、札幌市は、より早い段階で緊急度を高めた対応をできるように、「さっぽろヒグマ基本計画」を改定しようとしています。
「市街地周辺」ゾーンを、南区などの山と隣り合った場所と、東区や北区など、山との間に住宅地をはさんで緑地があるような場所で、分けて考えるという案です。
茨戸川緑地は、その場所だけ見れば緑地でも、広い範囲で見ると、クマが暮らす森からは少し離れています。そのような場所では、専門家の意見を聞きながら、「捕獲」も選択肢に入れて対応を考えることになります。
「被害の防止」だけでなく、「ヒグマとの共生」も掲げている、「さっぽろヒグマ基本計画」。クマの命を奪うのは、「最後の手段」としてきましたが、人身事故を繰り返さないために、その対象を広げなくてはいけない段階まで来てしまったのです。
では、「早めに駆除しておく」ことが、最も良い選択肢なのでしょうか?捕獲の対象を広げれば、悲しい事故はなくなるのでしょうか?
札幌市によると、去年6月の事故がニュースになった後、札幌市には、駆除に賛成する意見が12件、反対する意見が74件寄せられました。住んでいる場所がわからない人も多いため、はっきりとはしませんが、道外の人のほうが、反対意見が多い傾向にあるようです。しかし、反対意見74件のうち、わかっているだけでも13件は、札幌市内・道内の人からの声でした。
できれば駆除してほしくないけれど、人身事故を避けるためなら仕方がない、という人も多いかもしれません。
ただ、「緑地で目撃した段階で捕獲」するという選択肢を増やしたとしても、すべてのケースで住宅地に入ることを防げるかはわかりません。緑地では誰にも目撃されずに、住宅地に入ることもあり得るからです。
去年6月の人身事故の前、茨戸川の近くでクマが目撃されたのは5月29日の1件だけ。それから20日間もの間は、誰も気付かなかったのです。
問題は、住宅地のすぐ近くに、クマが人に見つかることなく、暮らしていける場所があるということ、そして、そこから住宅地まで、クマも気づかないうちに迷い込んでしまうような通り道があるということです。
では…どうしたら、その通り道を遮ることができるのでしょうか。壮大な話に聞こえますが、実は簡単に、楽しくできるんだということを、高校生が教えてくれました。後編の記事で、お伝えします。
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