2022.05.22

深める

「赤ちゃんが、亡くなってしまって」“祖母”としての夢はもう叶わないけれど…“孫”が遺してくれたもの【後編】

左がきみちゃん、右がちかさん

「こころが男性どうし」のふうふ・ちかさんときみちゃん。そして2人の間に宿った新しい命・羅希ちゃんを、若手記者が見つめる連載「忘れないよ、ありがとう」。きょうは番外編として、ちかさんの職場であり、ふうふの出会いの場であるバー「7丁目のパウダールーム」の店長・満島てる子さんに、想いを綴ってもらいました。前編・後編に分けて、お伝えします。

***

満島てる子さん

いのちについて

2021年12月27日、14時47分。
ちかから「赤ちゃんが、亡くなってしまって」という報告を聞いた時、あたしは最初なんと声をかけていいか、むしろどうやって受け止めたらいいのか、全くわかりませんでした。

「きみちゃんのからだは大丈夫?」
「落ち着いているようです」
「そうか。あんたは今病院にいるのかい?」
「はい、今はまだいて……」

その場で交わされたのは、そんな控えめなやり取り。
感情が爆発してもおかしくない中で、あたしも、そしてちかも、努めて冷静でいようとしていたのかもしれません。

胸の内としては、あたしには話を聞いてあげる以外、ちかにもきみにも何もしてあげられないというのが、とっても歯がゆくて苦しく。
そして、もう会えないいのちがそこにあるという事実が、「悲しい」とかそういう次元を超えてなによりショックだった……。

2021年の年末から2022年への年明けまでの期間は、気持ちを整理することができないまま、どうしても暗い表情になってしまうのを、顔にファンデーションを叩き込んで必死に隠しながら、7パウのカウンターに立ち続けていたような気がします。

カウンターに立つちかさんとてる子さん(ことし2月)

ちかときみは当時どれだけ辛かったのか、それは今でも想像しきれません。
そばにいる身としては、2人の傷がもう癒えたとも思えません。
おそらくまだしんどい胸の内のまま、支え合いながらではあったとしても、それぞれの日々を切ない思いとともに送っているんじゃないかと、ひとりの「母」としては案じる気持ちもあります。

でも、羅希のことがあった当初から。
ふたりは逆にあたしをはじめ、周りの人たちのことをむしろ支えようと、気丈に振る舞ってくれていました。その姿には、あたしが支える立場であるはずなのに、とっても救われたのをよく覚えています。

ちかたちから「羅希に一目会ってあげてほしい」と声をかけてもらったとき、あたしはその気遣いに、「家族」として接してくれている愛を感じ、涙が止まりませんでした。
店のそばまで連れてきてくれて、我が「孫」を腕に抱かせてもらったのは、一生忘れられない光景として、あたしの網膜の裏に焼き付いています。”4人”で撮った写真は、望んだかたちとは違っていたとしても、あたしにとって、そしてきっとその場にいた全員にとって、大切な家族写真です。

年明けの1月2日、羅希ちゃんは天に還っていきました。
大きくなった羅希ちゃんにいつか、ちかときみの出会いについてきっと語ってあげたい、「あなたは、ちかときみと、あたしと、そしてみんなの希望なんだよ」と伝えるんだという「祖母」としての夢は、もう叶いません。
でも、かえってそのいのちはあたしたちに、たくさんのことを教え、遺していってくれました。それと同時に、世に発信すべき様々なメッセージも、自分たちへと託していったように思っています。

羅希ちゃんの、小さな手(去年12月31日)

LGBTQに関する報道は最近増えつつありますが、それらを見渡すと、あくまであたしの個人的な所感ではあるけれど、どうしても近年「ハッピー」で「キャッチー」な側面にスポットライトが当てられがちな気がしています。当事者の中にも、それを歓迎し推し進める人がいるように思います。

例えばバラエティで「親にゲイと告白、想定外の反応に涙」と、カミングアウトがうまくいった事例がことさら取り上げられ、視聴者の感動をさらったり。
他にも、各地のパレードがメディアで取り上げられるにあたっても、そこにたくさんの人が集まって盛り上がっている様が強調されるのが常だったり。芸能人がそのステージに登場したことで大きな反響を呼んだ、という部分がピックアップされるのは好例でしょう。

確かに、そうしたハートウォーミングな状況というか「ハッピーさ」を明るみに出し、それによってセクシュアルマイノリティの存在をアピールすることは、LGBTQに関心が無かった層に様々な訴えかけをするにあたって、大きな力を持っているのかもしれません。

けれど、実際の当事者の生活は「ハッピーさ」ばかりで成り立っているわけではありません。「ハッピー」であろうがなかろうがそんなこととは関係なく、なんなら絶望のふちにいようと、この社会で、この社会と、あたしたちは事実として生きています。
また、今他の人から「ハッピー」に見えるかもしれないその場面の裏には、「僕達、生きています。だからこそ、当たり前の権利が欲しい、認めてください」と、大々的にであれ個人的にであれ、誰かに伝え、訴えつづけてきた過程と努力があります。人権を守ろうともがいて苦しんできた、道のりが存在しています。

羅希ちゃんのために買った絵本と、ちかさんときみちゃん(ことし1月)

ちかときみ、羅希ちゃんの3人も、自分たちが「家族」として存在するために、この取材を通してたくさんの人とぶつかったし、モヤモヤする気持ちを抱くこともよくあったと言います。
最初に書いたお父さんのこともそうですし、職場や友人と衝突したことも。
リアルかSNSかは問わず、ひどい言葉を投げられる場面にも出くわしたそうです。

「自分たちのことだけで……子どもの未来は考えているのか」と、家族を作ることについて忌避の感情をあらわにされたり。
「あなたたちの主張は自由だけど、それを否定する気持ちを持つのも自由」と自己正当化に走られたり。
これらのちかときみ、そして羅希ちゃんへの言葉は、ちかときみがこの世の大勢にとって馴染みのある、ヘテロセクシャル(※1)でシスジェンダー(※2)の「夫婦」であり、羅希ちゃんがその間に宿った子どもだったなら、決して向けられるはずのなかったものでしょう。
子どもができて「ハッピー」だとか、そういう単純さに落ち着くはずのない状況に3人は置かれていたんじゃないかと、そばにいた人間としてもそう思います。

あたしがここまで書いてきた自分たちという「家族」のあり方も、人によっては「奇妙だ」「気持ち悪い」としか受け取ってもらえないのかもしれません。それに、あたしたちのエピソードは、結果としては「ハッピー」とは言えない結末を迎えてしまいました。

それでも、ちかときみは、2人や羅希ちゃんに関する取材にかける思いを、こうあたしに語ってくれています。

ちか「同じ思いを持っていて、でもひとりぼっちで自分しかいないと思っている当事者に届けたい。自分も同じだって勇気を与えられたらと思っているんです」

きみ「世間を変えるには問題提起が必要で、声をあげれば世の中は動くはず。いろんなことを言われたけれど、偏見を正したいからこそ自分たち家族は前に出てきているんだと、ずっと思っていました」

色違いのパーカーを着た羅希ちゃんを抱くきみちゃんとちかさん(去年12月)

ちかやきみと一緒に、羅希ちゃんといういのちと過ごした、2021年という年。
あたしはこの1年を、決して忘れないと思います。
そして今後も、たくさんの人にその日々のことを伝え続けていくつもりです。

苦しいことも悲しいこともあったし、思い描いた幸せとは最終的に違っていたかもしれない。
でも大切でかけがえのない、「家族」みんなで向き合った時間。
ちか、きみ、羅希ちゃん、あたしや7パウの人々といった当事者の「そのまんま」を、この記事を通して伝えられていたらと思います。

そしてその先に、たくさんの気づきと変化が起こり、少しでも開かれた未来がくればと、そう願う次第です。特定の誰かが苦しむことなどなく、すべての人にあるべきものがある、そんな未来がくれば、と。

最後に、羅希ちゃん、生まれてきてくれて本当にありがとう!
また会える日を心から楽しみにしています。
あなたをずっと大事に想う、満島のてるばあちゃんより。

***

※1:ヘテロセクシャル
……好きになり、性愛の対象となるのが、「男女」という区分に則るなら別の性である人のこと。女性を好きになる男性、男性を好きになる女性、つまり異性愛者がこれにあたります。

※2:シスジェンダー
……生まれたときに割り当てられた性別と、自身の性自認(自分の性をどう認識しているか)が一致している人のこと。例えばあたしについて言うと、生まれたときに「男性」と言われ、現在自分のことは「男性」だと考えています(そして、好きになるのは「男性」です)。なので自己紹介をするなら、シスジェンダーでゲイ(男性同性愛)の当事者ということになります。

***

連載「忘れないよ、ありがとう

文:満島てる子
オープンリーゲイの女装子。北海道大学文学研究科修了後、「7丁目のパウダールーム」の店長に。LGBTパレードを主催する「さっぽろレインボープライド」の実行委員を兼任。2021年7月よりWEBマガジン「Sitakke」にて読者参加型のお悩み相談コラム【てる子のお悩み相談ルーム】を連載中。

編集:Sitakke編集部IKU

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

この記事のキーワードはこちら

SNSでシェアする

  • twitter
  • facebook
  • line

編集部ひと押し

あなたへおすすめ

エリアで記事を探す

FOLLOW US

  • twitter