2026.03.02

出かける

開店をめがけてくる客も!香りが力強い田舎そば「お先真っ暗」の危機を救った息子との絆

名寄出身の正典さん。
若かりし頃、東京で和食職人として腕をふるっていました。

28歳の時には念願の独立、地元・名寄の近くの旭川で居酒屋さんを開業しました。
経営は順調でしたが、昼夜逆転生活だったため、家族と接する時間がほとんどありませんでした。

正典さん:「明け方までやっていた商売なので結構きつくもなってきて、長女が小学校にあがる歳になったので、夜中の商売もなかなかかなと思って…朝くらい子どもとごはんを一緒に食べて『いってらっしゃい』と言えるような仕事がしたいねと」

一輝さん:「父と遊んだりした経験は正直記憶にないくらい。お店が忙しくて、それが昔からというか生まれてからずっとそうなので、それが自分の中では当たり前になっていた」

正典さんはそば打ちの修業もしていたことから、31歳のとき、そば店を始めることに。
しかし…

正典さん:「リーマンショックのあおりで、ごたごたになって店を手放すことになった」

不動産トラブルに巻き込まれ店はもちろん、自宅も失うことになりました。

思い出の写真は、このときにほとんど失い、手元に残っている一輝さんの写真はこの1枚だけです。

そこからは、札幌などで飲食店のアルバイトなどをしながら生計を立てていました。
そんなとき、ある話が正典さんに舞い込みました。

正典さん:「たまたま渡りに船じゃないけれど、ここのオーナーが店を譲るという話で」

2018年、「一膳」という名前をそのままに事業を継承。
再びそば店を営むことになりました。

一方、一輝さんの学生時代は…

一輝さん:「どちらかというとヤンチャな方だったと思います。本当に自由奔放に生きてきた」

一輝さんは高校卒業後、職を転々としたのちに大手人材派遣会社に就職。
そんな折、母・良子さんから1本の連絡が入ります。

良子さん:「お父さんがそばを打てなくなった」

正典さん:「けんしょう炎っていうんですかね。びっちりそばをこねていますので。お先真っ暗、なにも考えてもいないし、どうしようかと思っていても、自分の体ひとつですから。最悪どうにもならないと思っていた」

一輝さん:「『このあとどうするんだろう?』という考えが1番先でした。飲食業界は大変だというのはずっと目にしてきたので、わざわざそこに向かっていくという考えにはいたらなかった」

追い打ちをかけるように、店を手伝っていた良子さんがリウマチを発症。
正典さんは窮地に追いやられました。

一輝さんは会社を辞め、店を手伝う決心をします。

一輝さん:「そのままお店を畳んでしまうというのも、今までやってきていたものなのでもったいないという気持ちもありますし、助けになるのであれば助けたいなという気持ち」

正典さん:「本当に助かった。うちの息子が『おれが手伝ってやろうか』って言ってくれたときは本当にうれしかった」

一輝さんはほとんど調理の経験がありませんでしたが、父からの手ほどきを受け、腕をあげていきました。

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