2021.11.02
暮らす11月1日夜、札幌市清田区清田付近に「クマのようなものがいた」と警察に通報があり、翌日午前、近くで市の職員がクマのフンを見つけました。
住宅地のそばでもクマの目撃が相次ぐ中、ことし道内では、クマによる死傷者数が、11人と、記録史上最多となっています。環境省によると、ここ10年の間に、道内でヒグマの被害にあった死傷者数は35人にのぼります。
そのうちの一人が、編集部の取材に対し、当時の状況を語りました。
「今は歩けるようにはなりました。でも、元には戻りません。足に力が入らなくて、気を抜くと、“ひざかっくん”されたときのように、ガクンとなる」
大けがをしながらも命は助かった理由には、道民が知っておきたい教訓が詰まっています。
クマは本来、人を「襲いたい」とは思っていません。以前の記事でも書いたように、まずは止まって、落ち着いて様子を見ることが大切です。
しかし、ときには、すでに興奮状態のクマに出会ってしまうこともあります。
道内のある山の中。男性は、鈴やクマスプレーを身に着けて、あたりを注意しながら行動していました。しかし突然、すでに攻撃態勢に入ったクマが向かってきました。
「足音が聞こえたときには5メートルほどの距離まで来ていて、顔もはっきり見えました。でもクマスプレーに手をかける暇なんてありません。クマだと気づいたときには、もうかまれていました。本当に速いですよ…」
最初にかまれたのは右足の太もも。そこで男性は冷静な判断で、左手でクマスプレーをつかみますが、「取り出す間もなく、クマに振り回されたような気がする」といいます。何が起こっているのか分からないまま、それでも必死に抵抗。すると今度は手をかまれたといいますが、「もし抵抗しなかったら、そのまま足を持っていかれていたんじゃないか」と振り返ります。
「頭を殴られたのも覚えています。意識はずっとあって、でも『痛い』なんて言う感覚は後から。『死ぬんだなあ』と思った」
クマはとうとう、首にかみつきます。そのとき、男性と一緒に山に入っていた人が、なんとクマに立ち向かいました。枯れ枝でクマをたたき、足で蹴ったそうです。するとクマは逃げて行ったといいます。
「よく逃げずに助けてくれたと、本当に感謝しています。1人だったら、命はなかったでしょう」
胸ポケットに入れていた携帯電話には、穴が空いていました。「それで心臓が助かったかな」
すべてのけがが、わずかに急所から外れていました。ICUでの入院を終え、男性は一命をとりとめました。
ヒグマの会・副会長の山本牧(やまもと・まき)さんは、クマが突然攻撃してきた理由には、2つの可能性があると考えています。
「クマには男性をその場から遠ざけたい理由があったと考えています。近くに食べたいものがあって奪われないようにしたか、子グマが近くにいて守ろうとしたか、どちらかの可能性があります」
そのため、新しい鹿の死体や、子グマを見かけたときは、「クマが人を遠ざけようと攻撃的になる可能性がある」と考え、来た道を引き返すのが得策だといいます。
ただ、山本さんは、今回のケースは「2人の行動に大きな問題はない」と言います。
男性はクマスプレーや鈴を持っていたほか、最近は「クマのにおいを感じたり、クマがフキを食べた痕を見かけたりすることが増えていた」と話していました。
クマが食べたフキ…北海道民でも、見分けられる人は少ないのではないでしょうか。
男性には、クマについて知り、備える意識があり、クマスプレーもリュックの中ではなく、すぐに使えるよう体に結び付けておくなど、装備もしっかりとしていました。
山本さんは、「男性は心構えや準備を十分していました。さらに、一緒にいた人が逃げずに立ち向かったのは、なかなかできることではありません。もちろん自分が危険にさらされる行為なので、必ずしろとは言いませんが、2人の行動はみごとなものです」と話します。
道の統計では、単独より複数人でいるほうが、クマとの事故の発生率が低い傾向があります。特に、同行者がいるときの死亡事故は、この30年間で0件です。今回、突然の防ぎようのない事故でも、命が助かったのは、男性の備えと、一緒にいた人の存在があったからなのです。
山本さんは、「もりねっと北海道」という、持続可能な森づくりや住民への啓発をするNPO法人の代表でもあります。林業に携わる人と話す機会が多いといいますが、そうした頻繁に山に入る人の中でさえ、今回の男性のように備えや意識がある人は、少ないと感じています。
「林業では、ヘルメットをかぶることが義務付けられています。それと同じレベルで、プロとして、一人ひとつクマスプレーを携帯してほしい。山菜採りなどで山に入る人にも、車を運転するために教習所で習うレベルのクマの知識は浸透させたい」
クマに攻撃された当時のことを、克明に語った男性。「話しているうちに鳥肌が立ってくる」と言いながらも、熱心に話してくれたのは「これ以上、被害が増えてほしくない。気を付けてと伝えたい」からだといいます。
道の「ヒグマ保護管理検討会」では、道内のヒグマの推定生息数は1万1700頭で、この30年でおよそ倍に増えていることが示されています。
クマに出会うのが、「まさか」ではない時代。鈴は持つだけではなく、ちゃんと音が鳴るか?クマスプレーは車に置き忘れていないか?いま一度、「備え」を見直してみましょう。
山本さんが副会長を務めるヒグマの会では、11月6日に、これからの人とクマの付き合い方を考えるフォーラムを開催します。誰でも無料で参加できるので、まずはクマについて知り、考えるところから、始めてみませんか。
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ヒグマフォーラム2021「今後10年のヒグマ保護管理グランドデザイン」
日時:11月6日 午後1時半~4時半
場所:北海道大学学術交流会館(札幌市北区、北大正門すぐ)
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