2021.09.30

暮らす

「クマに会ったら荷物を置いて」?自治体も発信する「常識」、実はリスクが…【じぶんごとニュース#6】

「クマに会ったら、荷物を置いて逃げる」と聞いたこと、ありませんか?自治体のホームページにも書いてある「常識」とされてきた対処法ですが、実は、じぶんもほかの人も危険にさらす可能性のある行為なんです。

ことし、クマによる死傷者数が記録史上最多となった道内。山の中での事故もあれば、6月には札幌市東区の住宅街にもクマが出没し、4人が重軽傷を負っています。

住宅街でもクマに会う時代…。言い伝えられてきた対処法も、一歩立ち止まって見直してみませんか。

「リュックを差し上げれば見逃してくれるってほんと?」

空知の深川市の山中で(2017年)

道南の森町在住の野田奈未(のだ・なみ)さん。幼いころから自然や動物が大好きだったからこそ、「自分がいただく命は自分で獲ろう」とハンターになり、野生動物との共存のため、狩猟活動などで感じたことを発信しています。

深川市での講演(2018年)

先日、野田さんのもとに、知人から「クマに出会っちゃったら、リュックを差し上げれば見逃してくれるってほんと?」と連絡がありました。

野田さんは驚いて、「絶対ダメ!クマがリュックの中の食べ物などを気に入って学習してしまったら、次からリュックを持っている人が襲われる」と説得しました。

クマは本来、人を襲いたいとは思っていません。しかし、突然出会って驚いたときや子グマが近くにいるときは、身を守るために襲うこともあります。札幌市東区に出没し4人に重軽傷を負わせたクマも、専門家は「住宅街に迷い込んでパニックになった」と分析しています。

札幌市東区の住宅街に迷い込んだクマ(ことし6月)

そのため、クマに「積極的に人を襲いたい」と思わせるのが、避けたいこと。もしも、クマは離れた場所から落ち着いて様子を伺っているのに、人が慌てて荷物を置いて行ってしまったら…。

野田さんは、荷物にクマが興味を持ち、「これくらい近づいたら、人は荷物を置いていくんだな」「また欲しい。よーし、人を襲って荷物をうばおう」と発展しないとは言えないと指摘します。さらに、「荷物の中に食べものがなくても、興味を持たないとは言い切れない。調査用のセンサーカメラで、クマが食べものではないのに、カメラ自体にも興味津々な様子を見たこともある。何に興味を持つかは人それぞれ、クマそれぞれだと思う」と話します。

「通りすがり」のクマを、「積極的に人を襲う」クマに変えてしまえば、次にそこへやってくる人の命が危険…。その場所を閉鎖したり、クマを駆除したりと、人にとってもクマにとっても悪い結末を迎えるリスクがあるのです。

ちなみに、「荷物を置いたほうが身軽に逃げられるのでは」と思うかもしれませんが、「走って逃げる」のは最も避けるべき対処法。クマは走るものを追いかける習性があるので、襲う気のないクマさえ引き寄せてしまいます。

でも、自治体のホームページにも…

野田さんは、なぜリスクのある対処法が広まっているのか気になり、インターネットで検索してみたところ、複数の県や市のホームページで「持ち物を静かに置いてクマの注意をそらしてください」などと書かれているのを見つけました。

野田さんはそのひとつである埼玉県に、県民でもないのに…と迷いつつも問い合わせたそう。現在は、ホームページからその記述は削除されています。

埼玉県は取材に対し、「環境省クマ類出没対応マニュアルを参照して書いたものですが、指摘を受けてマニュアルを確認したところ、ことし3月の改定で該当部分は削除されていました。そのため、早急に見直してホームページからも削除しました」と答えています。

野田さんは、埼玉県がわずか半日で丁寧に対応したことに感動しつつ、「ちょっと前まではこれが常識だったとすると、いま正しいとされていることもこれからどんどん変わっていくのかもしれない」と考えさせられたと話します。

北海道のホームページにも

野田さんの話を受け調査したところ、道内の市町村のホームページにも「荷物を置いて」と書かれているところがありました。出典を調べると、たどりついたのは北海道のホームページに掲載されているリーフレット「あなたとヒグマの共存のために」でした。

北海道「あなたとヒグマの共存のために」1ページ

リーフレットでは、クマが味を覚えないように、ゴミの処理に注意するよう呼びかけていますが、一方で、「それでもヒグマに出会ってしまったら…」という欄の最後には、「リュックや服など持ち物をそっと置くとクマの気を引いて時間をかせげます」と書かれています。添えられたイラストでは、リュックと水筒をクマに向かって差し出しています。

北海道「あなたとヒグマの共存のために」2ページ

クマの専門家である、酪農学園大学の佐藤喜和(さとう・よしかず)教授は、このリーフレットについて「ほかに選択肢がない状況では、何か気を引くものを置くこともありかもしれませんが、食べものや飲み物が入っている場合には、上述のゴミのように、クマに人と食べものの関係を結びつけて学習させるので後のリスクを高めます。避けたほうがいいと思います。またリーフレットにあるように、クマはいったん手にしたものへの執着はすごく強いので、絶対に回収してはいけません」と話します。

道は、取材に対し「たしかにリスクはあるので、最終手段として理解してほしい。本当にクマが迫ってきて、どうしてもほかに手段がないときは、まずじぶんの身を守ってほしいので、そのための手段」と話しました。

大切なのはクマに会う「前」

野田さんは、「全ての人がもっと詳しくクマのことを知ろうとしてくれるのなら良いのですが、『そこまで興味は無い、結論だけ教えてよ』って方もいると思う。だから混乱してしまわないように、最低限の情報を『絶対ダメ』と伝えているが、本当は自然に関わる出来事は、『絶対』とか『必ず』とか言い切れない。『絶対』と言われて、『えー?ほんと?』って思った方は、もっとクマの生態をくわしく知ってほしい」と話します。

北海道のリーフレットには、そもそも「クマに出会わないための方法」が多く書かれていて、「一番大事なことはクマに出会わないこと」と強調しています。最終手段だけではなく、クマに会う「前」にできることを、しっかり学んでおくことが大切です。

クマと人の暮らす場所の境界線を保つ、日ごろの対策が大切

住宅街でも、ゴミの処理や草刈りなど、クマを引き寄せないために日ごろからできる対策があります。クマに会わないためにできることは何か、それでも会ってしまったときにしてはいけないことは何か、最終手段は何か…。クマに会う「前」の情報収集と対策が、安心な暮らしにつながります。

文:Sitakke編集部 IKU

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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