「釧路町が東日本大震災みたいなことになってしまったら、自分も悲しいし、ほかの人も悲しいと思うので」
齊藤純那(じゅな)さん、15歳。
3年前、小学6年生の授業で、釧路町長に1通の手紙を書きました。
手紙にはこう書かれていました。
私は、家族も友達も地域の人も失いたくないし、悲しい顔を見たくないです。
その命を一人でも多く救うには『津波避難タワー』が必要なのではないでしょうか。
手紙を受け取った小松町長は振り返ります。
「避難タワーが必要だと具体的に提案されたことが非常に衝撃的で、小学校6年生ながらにそういった不安を抱えているんだと思った」
「海抜がとても低くて、あまり周りに高い建物がないので不安があった」と話す純那さん。
家では、純那さんのアイディアで新しい取り組みを始めました。
それが「防災ポーチ」。
純那さんの母・希菜さん(36)は「最近、防災のミニポーチをみんな家族持つようにして、仕事に行くときも持っていくし、常にどこかに行くときは持って行っている」と話してくれました。
ポーチに何が入っているのか、特別に見せてもらいました。
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