――認定まではどのようなことがあったのでしょうか?
津田さん)日本遺産の認定は2015年に日本遺産の制度ができた時からの悲願でした!今年でちょうど10周年の節目の年です。
小樽ではほかの市町村も含まれた「北前船」と「炭鉄港」が認定され、2020年に小樽市単独で取りたいと申請し、見事………落選!
文化庁では2020年までに100件の日本遺産の認定をすると宣言していて、ちょうど104件の認定をした2020年に落選したので、もう認定は無いのか…とその時は思いました。
――落ち込みますね!涙
津田さん)でも、これまで関係者の皆さんとともに取り組んできたことは無駄じゃない。これまでやってきたことは日本遺産じゃなくても街づくりに生かすことができると切り替えました。
そうした中、2021年に候補地域の制度が始まり、再チャレンジ。候補地域になることができ、3年後の今、ついに!
津田さん)日本遺産に本認定されました!
でも日本遺産認定はゴールではなくスタートですから!
――日本遺産認定のために、どのような活動をされてきたのでしょうか?
津田さん)これまでの実施事業には3つの柱がありました。人材育成、調査研究、普及啓発です。日本遺産地域プロデューサーを育成したり、分かりやすい解説集を作ったり、高校生に舞台演劇をやってもらったり…。
観光事業者や学校の先生、地域の街づくり団体の人など、街の現場で活躍されている方の様々な意見を聞きながら事業を決めて実施してきました。
――強く印象に残っている取り組みはありますか?
尾本さん)地元の高校生と一緒に取り組んだ「ナゾトキ!小樽運河に隠された秘密」です。1日だけのイベントでしたが800人以上の来場があり、盛況でした。
尾本さん)参加者には小学生も居たりして、家族イベントとして来てくれた方が多かった印象です。小樽の歴史にも触れてもらえて、主体は高校生で、「次世代につなぐ」という意味でとても良かったですね。
津田さん)僕は小樽市日本遺産地域プロデューサーの育成です。現在47名いる方々と出会えたのが財産になりました。プロデューサーになってくれた方々は、プロデューサーに認定された後もいろいろなことをしてくれています。インスタグラムを更新してくれたり、イベントを開催するときに日本遺産を絡めてくれたり、ウェブマップを作ったり、高校の先生が学校で授業にしてくれたり。
全国的に見てもこんなに人を育成している地域はなかなかありません。いろんな人のおかげで活動の幅が広がりました。
――やってきたことだけ聞くと、市の職員の方が通常担う仕事とはかなり毛色が違いますよね。
津田さん)僕は楽しかったですよ!
――日本遺産の担当になったときは、どんなことを思ったんですか?
津田さん)俺、歴史弱いんだよな~。って。笑
日本遺産というと専門的なイメージ。これまでの観光振興室での業務で培ってきたものとは違うので、新たな分野へのチャレンジだなって思いました。
尾本さん)僕も歴史は苦手です。笑
でも業務を通して、自分が住んでいる街ってすごい街だと気づかされました。30年以上小樽に住んでいて小樽のこと全然分かってなかった。知れば知るほどどんどん小樽が色づいて見えました。ひとつひとつのピースがはまっていくように。
――尾本さんめっちゃキザですね!
尾本さん)(ニヤッ)