小樽観光協会が運営するWebマガジン「小樽通(おたるつう)」より、選りすぐりの情報をお届けします。
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2025年2月4日、「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽~「民の力」で創られ蘇った北の商都~」が、小樽市単独では初の日本遺産に認定されました!
小樽ではほかの地域と連携した「荒波を越えた男たちの夢を紡いだ異空間〜北前船寄港地・船主集落」、「本邦国策を北海道に観よ!〜北の産業革命「炭鉄港」〜」が認定されていましたが、小樽市単独での認定は初となります。
文化庁が認定する、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー。ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を「日本遺産(Japan Heritage)」として総合的に活用する取組です。
小樽市では2021年に「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽〜「民の力」で創られ蘇った北の商都〜」が候補認定され、本認定を目指していました。3年越しの本認定に喜んだ小樽市民は多いのではないでしょうか。
今回は日本遺産の認定に尽力した「小樽市日本遺産推進協議会」事務局のお二人に、これまでの活動を聞いてみました。
――日本遺産認定おめでとうございます!まず、今回認定された日本遺産の内容を教えていただけますか?
尾本さん)まず日本遺産とは、文化庁が地域の歴史の「ストーリー」を認定し、地域活性化に繋げることを目的とする制度です。今回認定されたのは「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽~民の力で創られ蘇った北の商都」という小樽の歴史のストーリー。
このタイトルは、かつて小説家・小林多喜二が随筆「故里の顔」で、小樽のまちを「北海道の心臓みたいな都会」と例えたことから引用されています。
小樽は明治以降に港と鉄道により物流の拠点として急速に発展し、北日本随一の商都となりました。その後、高度経済成長期に衰退するものの、運河の埋立計画を契機に、市民による10年にも及ぶ運河保存運動が展開されます。これぞ正に「民の力」です。
尾本さん)その結果、小樽のまちは現在の姿になり、歴史的な景観を目的に国内外から多くの観光客が訪れる国内有数の観光都市として再生しました。
こうした小樽の歴史のストーリーが日本遺産として認定され、ストーリーを語るうえで不可欠な26件の文化財を構成文化財として指定しています。