2024.02.05
出かける城内の絵画から城の主なコンセプトが分ったと思いますので、次に城の周囲に目を向けてみましょう。ノイシュヴァンシュタイン城を訪れるには、ミュンヘンから電車で1時間のフュッセン駅で降りた後、バスで10分の麓まで行き、そこからさらに徒歩か馬車で30分の道のりを行かなければいけません。
都会からは遠く離れた秘境なのです。中世に城があったとはいえ、どうしてこんな不便な所に住居を建てたのでしょうか?そもそもアルプスの山中に居城を立てること自体がコンセプトの1つだったのです。ワーグナー宛ての手紙に書いているように「神聖で近寄りがたい」ことが重要で、そうでなければ煩わしい政治外交の世界つまり果たさなければならない仕事の世界から逃れることができないからです。
ルートヴィヒ2世が、身の回りの世話をする近侍の顔に黒子の布をつけさせていたことは有名な話で、そうまでして仕事相手の顔を見たくなかった、現実の仕事を忘れて物語の世界に没頭したかったということです。それを実現する場所として、人里離れたアルプスの一角が相応しいと考えたのでした。現代風に言えば隠れ家的旅館や別荘のようなものでしょう。19世紀後半にはすでに鉄道旅行やハイキングが楽しまれており、城が敢えて人里離れた山奥に建てられた背景には、現代に通じる観光・ツーリズムの要素があったのです。
世界的に有名なノイシュヴァンシュタイン城ですが、2024年現在、世界遺産には登録されていません。
そう言うとたいていの人が驚きますが、城や世界遺産に知識がある方の中には「古建築ではないから当然だ」という人もいます。ノイシュヴァンシュタイン城は中世の代表的な建築様式であるロマネスク様式を基調として19世紀に建造された城で、このような中世当時に建てられたものではなくそれを模倣した建築様式のことを歴史主義と呼びます。
つまり過去の模倣であってオリジナルな様式ではないということです。だからこれまで歴史的なオリジナリティを重視する世界遺産に登録されなかったとされます。しかし1994年以降に世界遺産の登録基準の見直しが行われ、近代産業遺産などの新しいタイプの世界遺産が登録されるようになりました。
歴史的にオリジナルかどうかというよりも、生きた文化的伝統(living cultural tradition)を重視するようになったのです。そのような流れもあって2015年に、ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホーフ城、ヘレンキームゼー城の3つの城をまとめてドイツ政府は世界遺産暫定リストに登録しました。
暫定リストとは、本登録ではなく、その準備段階にある遺産のウェイティングリストのことです。
ではノイシュヴァンシュタイン城の世界遺産登録の根拠はどのようなものでしょうか?詳細は筆者の過去の記事に書いているので、ここでは最も重要と考えられる登録根拠に絞ってご紹介します。
それは登録基準4「歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である」に該当する要素で、「19世紀は、退避(逃避主義、ロマン主義)と発展(テクノロジー、より良い世界)の緊張状態が特徴で」、「バイエルン王ルートヴィヒ2世は、過去と遠方の世界に没入できる無垢の場所(山、谷、島)、王国の辺境に、地上の楽園すなわちもうひとつの世界を創り出した」と主張されています。
そしてそのような「テーマ・ワールド」は、政治的な意図で建造された宮殿とは根本的に異なるオリジナリティを持っているというのです。つまりここで重視されているのは建築様式ではなく建築のコンセプトや世界観で、ノイシュヴァンシュタイン城は20世紀半ば以降「ファンタジー世界のシンボル」になっており、その「テーマ・ワールド」としてのオリジナリティが世界遺産にふさわしいということです。