北広島市輪厚(わっつ)にある「シカ肉レストランあぷかの森」は、北海道でも数少ないエゾシカ料理店です。
店主の湯峯和幸さんは自ら仕留めた獲物を解体処理し、調理することでシカ肉のおいしさと命の尊さを伝えています。初めて動物に向けて引き金を引いたとき、さまざまな葛藤があったと言います。ハンターでありシェフとしての想いを伺いました。
湯峯さんは建設会社を経営する傍ら、趣味でクレー射撃を楽しんでいました。今ではハンターとして活動していますが、当時は「動物を撃つなんて野蛮な行為」と思っていたそうです。そんな湯峯さんのもとにエゾシカ駆除の依頼が舞い込みました。
エゾシカはアイヌ語で「ユㇰ(獲物)」と呼ばれ、アイヌの人たちは、肉は食材として、毛皮や皮革は衣類として無駄なく利用していました。乱獲や明治時代の記録的な豪雪で一時は絶滅寸前になりましたが、禁猟措置などの保護政策により徐々にその数は回復しました。
しかし、現在は数が増え続け、農林業被害や交通事故などが深刻な社会問題に。エゾシカによる被害を問題視していた湯峯さんは、猟銃を手に取ることを決意しました。
初めて獲物に向けて引き金を引いた日をこう振り返ります。
「クレー射撃は皿を割るだけですが、エゾシカを撃つと血が流れますし、仕留めた獲物を処理しなくてはなりません。ハンターなら一度は通る道ですが、何度手を洗っても血が付いている感覚で命を奪った罪悪感がありました」
ショックを和らげたのは、先輩ハンターの「人間が野生動物の生息域を奪っている以上、人には動物たちの数をコントロールする義務がある」という言葉でした。
「それによって、誰かが必要悪を行わなくてはならないという使命感が湧きました」
今ではシカ肉はジビエとして人気ですが、当時のハンターによる解体は仕留めた獲物を運びやすくするためのものであり、食品として扱えるレベルではありませんでした。そのためエゾシカ肉は廃棄物扱い。販売することはもちろん、誰かに譲ることも認められていません。
「海外の一流のシェフは、枝肉(骨が付いたままの肉)を自ら処理しますが、日本のシェフはそこまでする人はいません。適切な解体をするために『帯広畜産大学』の先生から解剖学に基づいた解体技術を学びました」
湯峯さんは2010年から千歳市協和で食育自然体験教室「こども農園」を開催。生命の尊さを伝えるとともに、エゾシカ肉の普及活動を開始しました。そこで受けたクレームが、レストラン開業に結び付いたと言います。
「小学生の母親から“不衛生な野生動物を食べさせられた”とクレームを受けました。野生動物の毛は汚れていますが、適切に処理された肉は衛生的に問題ありません。それを示すために、2014年に専用のエゾシカ肉処理施設と、札幌市清田区に『シカ肉レストランあぷかの森』*をオープンしました」
エゾシカ肉の需要が増加することを想定した湯峯さんは、多くの人にシカ肉を味わってもらうために、2018年12月に北広島市輪厚にレストランを移転しました。カナダの素朴なレストランをイメージした店内は落ち着いた雰囲気です。新千歳空港と札幌の中間に位置しており、輪厚ICにも近くアクセス良好です。
「シカ肉レストランあぷかの森」で提供しているエゾシカ肉は、HACCP(食品を製造する際の衛生管理のガイドライン)認証済みの自社工場で湯峯さん自ら加工しています。
「シカ肉を食べたことがあるけど生臭かった」という人は、残念ながら適切な処理をしていない肉だったのでしょう。「シカ肉レストランあぷかの森」には、その心配はありません。
肉の旨味をダイレクトに楽しみたいならステーキが一番。『おまかせ3種盛りステーキセット』は、ロース、ヒレ、しんたま(モモ)など、さまざまな部位を味わうことができます。お客さんの年齢によって内容を変更することもあるそう。
シカ肉のカロリーは牛や豚肉と比べて約3分の1。脂肪分は10分の1以下で、たん白質は約2倍。鉄分も豊富で海外では人気の食材です。湯峯さんの卓越したシューティングスキルで仕留めているため臭みはありません。少量しか取れないタンやハツ(心臓)も数量限定で提供されています。大切な命を余すことなくおいしくいただきました。
野生動物を撃つことに対して「残酷」と言う人もいますが、増えすぎた個体を駆除しなくては生態系が崩れ、結果として生き物が生活できない環境になります。家畜であれ、野生動物であれ、魚であれ、植物であれ、命をいただくことで生物の命は繋がれています。
また、人間の食べ残しなどはクマにとってはご馳走です。ハンターが撃たなくてはならない状況を人間が作り出していることを、まずは振り返る必要があるのではないでしょうか。
<店舗情報>
■シカ肉レストランあぷかの森
■住所:北海道北広島市輪厚607-28
■電話番号:011-511-4855
⇒営業時間など詳細はこちら
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