オホーツク海に面した小清水町で、店を構えて2019年で3年目になる「まる」。壊れるたびに修繕しながら、作り替えた石窯の数は現在4つ目。石窯の修繕を繰り返すたび、おいしくなるまるのパン。パンの種類は、カンパーニュやフランスパンなどのハード系と、アップルパイやクリームパンなどのソフト系のパンまで幅広い。今では、閉店時間を前にして売り切れることも多い、オホーツクエリアの人気パン屋に。
まるの営業は、金土日の週末のみ。では、他の曜日は一体何をしているのだろう?まるの店主、丸山さんが歩んできた日々と平日の過ごし方について聞いてみた。
石窯パン工房まるは、毎週金、土、日の3日間だけ営業する。取材に訪れたのは日曜日。開店1時間半前に到着した。畑の真ん中に立つ民家。看板がなければ、ここがパン屋だとは気づかない。呼び鈴を鳴らしても返事がない。玄関を開けて中に入ると、7~8足のスリッパがきれいに並んでいた。さらにガラス扉を開けて中を覗くと、店の中央に大きなガラスケースが。そこにはすでに、10種類以上のパンがきちんと並んでいた。
さらにその奥。店内からガラス越しに見える石窯の前で、店主の丸山葉司さんが薪をくべながら火加減を調整していた。とても真剣に。こちらをちらりと見て軽く会釈。そしてまた火と向き合う。
「あと10分もしないうちに食パンが焼き上がります」。そう言うと今度は台所に入って、天板の上に並んだパンに、刷毛で卵黄を塗る。その作業の早いこと。タイマーが鳴れば石窯の前に戻り、パンの焼き加減と火加減を確認。終われば、また台所に。時々は店のほうに来て、床の掃除など開店の準備も進める。その間、ずっと小走りである。民家の床の間(石窯がある部屋は元々は床の間だった)と台所、居間(店の場所は元・居間)の三角形をぐるぐると走り回る。
丸山さん、マラソンに出たら早いかな。そんな取り留めのないことを思いながら観察しているうちに、11時10分前。店の外には7~8人の列ができていた。夕方4時頃、再び店を訪れた。「2時間半で完売しちゃったんですよ。何でしょうね、今日は」と、丸山さんは首を傾げながらもうれしそうだ。緊張感のある朝の印象とはずいぶん違う。「どうしてだろう」と繰り返しつぶやいては、満面の笑みを浮かべている。
オホーツク海に面した小清水町。ここに店を構えてから、間もなく3年。この石窯も3年目。パン屋の経験は20年以上になる丸山さんにとって、四号目の窯だ。石窯一号の誕生は、約7年前にさかのぼる。
「ぼんやりと、自分で店をやるとしたらどのくらいお金がかかるんだろう、と考えて検索していたら、『石窯造れます!』というページを見つけたんです」。手づくりであれば、かなり安価に石窯を持てると知った丸山さん。突如、独立の夢が現実味を帯びてくる。
その後、津別町に店を構え、記念すべき石窯一号を作った。どうやって?
「これですよ」と見せてくれたのは、『ピザ窯の作り方』という雑誌だった。ここに掲載されていたレンガのアーチの石窯。中央にもレンガを積んで煙突を付ける構造になっている。「本当にこのまま造ったんですが、半年も経たないうちに煙突部分が落ちてきて、もう大変なことに…」。すぐさま石窯二号を造った。「今度は焼き床(上部)の形を四角にしました。全然壊れなかったんですけど…」。店の場所を移転することになり、やむなく石窯三号の出番となる。「二号は頑丈だったけど、実はパンを焼くのが難しかったんです。四角いと熱が回らないのかなと思って、再びアーチに」。レンガではなく、筒状のコンクリートを縦半分にしたようなものを使った。四号もコレである。「しかも熱がアーチの間を通るように、二重構造にしたんです」。その頃には、石窯パン工房まるは、パンマニアの間で話題の店になっていた。
「三号はイメージ通りで、理想的なパンが焼けていましたが…」。訳あって、店をたたむことになってしまったのである。
そして充電期間を経て、遂に石窯四号の誕生。「今度は少し大きくしたいと思っていました。一回にたくさんの数を焼きたくて」。その分、二重構造は諦めた。ところが、「大きくしたら焼き床が高くなりすぎて熱が回らない。焼き板の上に厚さ6センチの耐火レンガを乗せて調節しています。それと…」と丸山さん、四号の話を始めたら止まらなくなった。石膏ボードを使った蓋は1年でぼろぼろになってしまう。「断熱性の石がいいのかな、でも重いよなぁ」。アーチの内側にはヒビが入ってきた。「セメントで補強したら、素材が違っていたようで、膨張して外側までどんどん割れてきて…」。丸山さんと共に3年間歩んできた四号(写真上)を、よく見てほしい。ヒビが入って、補強されて、それでも日々おいしいパンを焼いてくれる姿が、とても愛おしく感じられてくる。
「なかなかクセがある」。数々の問題の中でも、特に悩まされるのはパンの焼け方。火加減だ。今まで使ってきた石窯はすべて、下に火床があり、コンクリートの焼き板を境に、上が焼き床になっている。「石窯って、よく(内側から温める)遠赤外線効果とか言われますけど、僕のやり方は外側から焼いているんじゃないかな」と分析する。火床で常に薪が燃えているので、その熱気が直火に近い効果をもたらすのだという。「石窯だからもちもちだね、なんて言われるけど、それは多分、小清水町産の小麦、春よ恋を使っているからだと思っています」。
では、丸山さんが石窯にこだわる理由は? 「炭の香りがパンにつく。それをウリにしていますが…面白いからですよ。不器用なんですが、作ることが好きなんです」とうれしそうに笑った。
今では丸山さんのパンに石窯は欠かせない存在となっているが、一号を作るまでは石窯で焼くパンの味なんて知らなかった。「焼ければいいやという思いで始めましたから、焼くたびに気づくことが多くて」。それが面白さにつながっている。
これまでに培った経験をベースにした四号の稼働スケジュールは綿密だ。朝3時過ぎ、火を入れ始める。最初の1時間半は薪を足して温度を上げ、その後40分くらい、燃え尽きるまで待つ。一番手はアップルパイ。煤などが付かないように余熱とおき火で焼く。「この焼き上がりを見て、その日の窯の様子や温まり具合を知るんです」。その後、カンパーニュやフランスパンのハード系を投入。続いて食パン。石窯パン工房まるの一番人気でもある。特に小清水町産のおひさまもち麦を使ったもち麦食パンは、開店と同時に売り切れてしまうほど。ところが丸山さん、近頃悩んでいる。
「今までは、このタイミングが一番きれいに焼けていたんです。薪は加えなくても適度な温度が保たれている。ところが最近は焼き色がつかない。何が変わったのかな…」。石窯の温度は、アップルパイが最も高温で、ハード系は220度、食パンは200度くらいが適温と考える。丸山さんは、温度計を使わない。薪の入れ方で調節しつつ、感覚で操作しているのだ。「ダンパー(吸振器)を付けたほうがいいのかな。そうすると熱が逃げない…でも全然わからないです」。石窯の知識は、独学と同業者との情報交換から。客の中には自分で石窯を造っている人もいて、写真を撮られるのはもちろん、こまごまと聞かれることもあるのだそう。もちろん時間も大切。一番短いのは菓子パン類、15分程度。食パンは40〜45分。
時間、温度、焼き加減までオートマティックで管理できる世の中にあって、丸山さんは、考えて工夫することを楽しんでいる。そうして、自分だけの方法、石窯パン工房まるのおいしい秘密を見つけ出す。
最後に焼くのはクロワッサン系。「発酵も関係してくるので、このタイミングしかないのですが」。石窯の周りでは常に、ほどよく発酵したパンが待ち構えているのだと考えると、がんばれ四号! がんばれ丸山さん! と応援したくなってくる。
こうして日々四号と格闘している丸山さんだが、「パンは生地づくりで7割決まります。とくに発酵のさせ方が重要、一番難しいです」と力説する。「窯が一つしかないので順番を決めているんですけど、いかに発酵をそこに合わせるか」。発酵が進んでいないと、ビニール袋を被せたり、窯の近くに置いたり。冬の朝は部屋の暖房を強めて発酵を促したり。やはり工夫の連続である。
おいしさの秘密は、材料によるところも大きい。「理由がわからないので曖昧ですけど、小清水町産小麦は、水を多く使ったほうがいい気がしています」。特に高加水のパンが流行っていることもあって、「水をもうちょっと」「もっと入れたらもちもちに」と実験のような試作を繰り返しているのだが、完売した後に客が来ると「試作品ですが…」と言いながら、つい販売してしまうのだとか。「一つだけでも残して食べてみればいいのに、全部売っちゃって答がわからない」と苦笑する。結果、買ってくれた客に感想を訊くことも。
小麦以外の材料も、ソーセージ、ゴボウ、ニンジン、ルバーブジャム、卵など、地元産にこだわっている。「いいもの、おいしいものを使いたいというよりは、地元で頑張っている人を応援したいんです。いざ作りだすと、どんなパンになるんだろうと、自分が楽しむことが先になっていますけど」。
最後に、営業日以外の4日間の過ごしかたについて尋ねてみた。するとまた綿密な予定を教えてくれた。
月曜日は薪割り、火曜日は一応休み、水曜日はパン生地以外の仕込み。「一週間分の湯種を作る、買い物をする、なんだかんだで10時間は働いています」。木曜日は金曜日に焼く分のパン生地の仕込み。「ここは6時間勤務と短めにして体調を整え、金土日の3日間に挑みます」。基本的にパン生地は前日仕込みと決めている丸山さんが、日曜日にかける意気込みたるや! 石窯パン工房まるのパンは全部で26種類。最後の日曜日に焼くパンが最も多くて、合計150個くらいと言いながら、「多分、です。数えていないんですよ。でも日曜日は翌日がないんで、行けるところまでやっちゃえ、もうバタンとなってもいいやというつもりでやっています」と全力投球の姿勢を告白してくれた。
丸山さんをそこまで掻き立てるものは、なんだろう? 「結局、作りたがり屋さんなんです。売れなくても作っているパンもありますから。作れるものならたくさん作りたい。パン屋って、そういう人が多いと思いますよ」。そう言って、またうれしそうに笑うのだった。
※掲載の内容は取材時点(2019年10月)の情報に基づきます。
住所 小清水町字美和89-3
電話番号 090-1204-2428
営業時間 11:00~18:00
定休日 月~木曜
売り切れ必至の人気商品 もち麦食パン