2023.06.06

深める

「居ないことにされている人たちに光を」是枝監督が思う“映画の役割”と、“テレビの今”

私は北海道放送(HBC)で入社5年目を迎えた放送記者です。「テレビ見てない」「テレビはオワコン」と言われても、スタッフや取材対象者とチームワークを組んで出来上がる「映像情報」の価値を、考え続けています。

(取材中の私(右))

そんな折、映画やテレビで話題作品を作り続けている是枝裕和監督の話を聴く機会がありました。デイリーのテレビ取材とは違う立場で映像に関わり、社会にメッセージを発信している是枝監督は、喜びや悲しみ、怒り、葛藤をどのように捉えているのでしょうか?私との共通点はあるのでしょうか?

是枝監督の話をみなさんと共有して、映像を送り出す側の葛藤とメッセージを一緒に考えさせていただければと思い、この連載を発信しています。

1回目の記事では、記者としての5年間で感じてきたテレビならではの価値について書きましたが、2回目の今回は、HBCの社内セミナーで是枝監督が語った、テレビや映画制作に関わる視点と葛藤をお届けします。

セミナーは是枝監督が私の先輩の山﨑裕侍記者と対談する形で行われました。その一部抜粋です。

HBC社内セミナー「制作者たちへのメッセージ~是枝裕和監督からのエール」(2022年11月5日/HBC本社)

尊敬するものを一度、自分の中に

(山﨑)テレビは普段、どれくらいご覧になっていますか?

(是枝)毎クール、必ず、連ドラは一つ見ます。

(山﨑)最近見ているのは?

(是枝)今期見ているのは、大体最初は、気になるものはいくつか見て、大体1話でいいかなと思って…。必ず一つは通して見ていますね。今期(2022年10月期)で見ているのは「silent(サイレント)」(フジテレビ系)。日曜劇場「アトムの童」(TBS系)1話を見て、うん…と思って(笑)。2話目の途中で今、離脱しているんですけれど。「silent」、面白いですね。

(山﨑)どの辺が面白い?

(映画監督・是枝裕和さん)

(是枝)「silent」は作っているスタッフが、坂元裕二という、僕が今のテレビでは本当に尊敬している脚本家のチームで、プロデューサーが「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016年・フジテレビ系)を作った人で、音楽家もそうなんですよ。脚本家は、連ドラ初担当の新人(=生方美久さん)なんですけれど、実は「分福」(=是枝氏が自身の作品スタッフらと2014年に立ち上げた制作者集団)の採用試験を受けに来ていて…。“なんで落としたんだろうか?”と思っているんですけれど(笑)。
元々、制作の志向が強い方だったんですけれども、「分福」に入らなかった後、地元の高崎に戻って、そこも知っているんですけれど、映画館でアルバイトをしながら脚本を書いて、フジテレビの「ヤングシナリオ大賞」に、何度か応募を繰り返した中で大賞を取って。それを読んだプロデューサーが抜擢して、今回の連ドラの脚本を書いているんです。第1話を見て、これは絶対、坂元裕二が好きだと思ったんですよ。いろんな形で坂元さんの脚本をベースにして、というと言い過ぎかもしれないけども、単純にセリフの掛け合いのリズムだけではなくて、登場人物を“どちらも選べない状況みたいなもの”に置いて、登場人物の感情に圧をかけ続けながら、視聴者の見るモチベーションを維持していくみたいな。根底にあるテクニックみたいなものも、ちゃんと踏まえているんですよね。
だから、そういうものを見ると、結構感動します。若い人は大体、“他人と違うものを”“自分にしか書けないものを”という意識が強くあって、それがテレビだと殺されるんじゃないかって思うんですけれど、尊敬するものを一度自分の中に飲み込んで、自分が前の世代の人の、どこが好きなのかということをちゃんと踏まえた上で出てくるものは、意外と魅かれるんですよね。今回はそれで、どこまで坂元裕二で行くんだろうか?ということを、ちょっと見ています。

変わってしまった現実も含めて捉えてゆく

(HBCの先輩・山﨑裕侍記者)

(山﨑)是枝さんは著書にも書いていますけれど、取材に行く時、カメラがあって、カメラがあること自体が非日常、その上で関係性を作ること、そこから生成される物語や現実を捉えてゆくことが大事、予定調和にならないことと、よくおっしゃっています。是枝さんがディレクターを務めた「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(1991年・フジテレビ「NONFIX」)でもそうですが、カメラがそこにあることを感じさせないようなやり取りとか関係性を、映像から感じますが、どうやって相手との関係を作っていくんでしょうか?

(是枝)本来的に言うと、ドキュメンタリーは“カメラがそこにある現実を撮るもの”と思っているので、カメラがそこに入ったことによって変わってしまった現実も含めて、捉えてゆくっていうことのほうが、ドキュメンタリーの本質だと思っているんですよ。あたかもそこにカメラがないかのようなものだけで作るのはフィクションなので、劇映画で散々やっているものですから。
そうではない方が、ドキュメンタリーとしては誠実なのではないかというような問いは、僕らよりもずっと前に、それこそ「テレビマンユニオン」(=TBSを退職したディレクターらが1970年に設立した制作会社)を作った方たちが、TBS時代にいろんな形で取り組んでいて、とても面白いものを作っているんですよね。
 それを見ていたにもかかわらず、「伊那小学校」(=「もう一つの教育」の取材地)で僕は、子どもや先生が僕に話しかけたり、僕を気にしたりしている状況を全部カットしているんですよね。あたかも僕は、そこに居ないように振舞っている瞬間だけをつないでいるんですね。多分いま編集し直したら、僕に語り掛けているシーンも含んだ形で、番組を作り直すなと思っています。

人材が放送局に居ないと…面白いものが作れない

(HBC社内)

(山﨑)今のテレビは自由に作れていると思いますか?

(是枝)今のテレビですか?すごく不自由だと思いますね。楽しくないだろうなと思って見ていますけど、報道も。

(山﨑)報道で最近気になるものはありますか?

(是枝)僕は放送が出自なので、放送に携わっている人たちの相談も受けるんですよね。“どうしたらいいでしょう?”とか“こういうことをやりたい”ということを、後押ししたりしていますが、やっぱり頑張っていた人たちが、みんな辞めていっているので、このまま行くと応援しようがないなという状況になって来ているんですよね。

(山﨑)辞めていっているのはどうして?

(是枝)社内でものが作れなくって独立して、YouTubeでとかフリーになってという方たちが増えました。“踏ん張って”“頑張って”と言っているんですけれど。やはり放送局の中に優秀な人が居てくれないと。僕は制作会社しか知りませんけれど、優れた人材が放送局に居ないと、なかなか僕らは面白いものが作れないので、彼らが中にいてくれることはとても大事なんですよね。

居ないことにされている人たちに光を

(是枝さんのTwitterより)

(山﨑)是枝さんがつぶやかれた文言、私はいつも大事に受け取っているんですけれど、あらためてこれをつぶやかれた思いを…。2015年4月19日にツイッターでつぶやかれた言葉。

(是枝)あまりテレビとか、ドキュメンタリーとかに限らなくても、多分、モノを作っている上で考えていることだと思います。「万引き家族」(2018年・第71回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)という映画を撮った時に、そんなことは考えてなかったけれども、カンヌ国際映画祭に行って授賞式で、ケイト・ブランシェット(=オーストラリア出身の女優。第71回カンヌ国際映画祭・審査委員長)が、壇上で「今回の映画祭で触れた作品はインビジブル・ピープル(目に見えない人々)を扱った映画が多かった」というまとめ方をされていて、要するに、そこに確かに居るにもかかわらず、目には見えない、居ないことにされている人たちに光を当てる映画が多かった…と。
それは確実に映画の果たす役割であり、力だというようなことを公式の会見で、彼女は多分話したんだと思います。直接会ってもそう言われたんですけれど。“あぁそうか、自分はそういう人たちのことを描いて来たのかもしれないな”と、描くぞと思ってやったわけではないですけれど。そういう風に言われると、あぁそうかも…と思うんですよね。
それと多分、同じことを(ツイッターに)書いているんだと思います。それが多分、番組を作る上で自分なりの指針にもなっていたんだと、これを読むとあらためて思います。

・・・・・・・・

私も同僚が取材した映像や作品をみて、取材者の個性や相手との関係性、さらには変化が如実に出ていると感じることがあります。その取材者でしか撮ることができない映像や話がある…その現実に向き合って取材する謙虚な姿勢が映像制作には大切だと感じました。

私はLGBTQ当事者の取材を数年続けていますが、うれしい時も悲しい時も取材をさせていただき、相手と心がぐっと近づく時もあれば、感情の行き違いもあって関係が崩れそうになってしまうこともあります。取材相手との距離感は、深い取材をすればするほど難しいです。

そして、対談の後行われた是枝監督との質疑で、是枝監督自身も、迷いながら、答えが出たわけではないと思いながら映画を撮っていることを知ります。

【次回:「テレビを持っていない」友人が増える中…5年目記者が「是枝監督」のメッセージから感じたこと

・是枝裕和監督
最新作品「怪物」(監督・是枝裕和、脚本・坂元裕二、音楽・坂本龍一)は、5月にフランスで行われた第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。6月2日から全国公開。

文:HBC報道部 泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。記者歴5年。テレビでの発信のほか、Sitakkeでも「こころが男性どうし」のふうふと2人の間に宿った新しい命を見つめる連載「忘れないよ、ありがとう」や、小児がんの子どもとその家族を支える団体の取材記事などを執筆。

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

この記事のキーワードはこちら

SNSでシェアする

  • twitter
  • facebook
  • line

編集部ひと押し

あなたへおすすめ

エリアで記事を探す

FOLLOW US

  • twitter