2023.04.16
暮らす去年9月末から、クマの目撃が相次いでいた、札幌市南区石山の豊平川の河川敷。
10月18日に1頭のクマが駆除されましたが、胃の中から、シカの肉や毛、骨などが見つかりました。
河川敷の土の中からは、クマが埋めたとみられるシカ1頭の死がいが見つかっていて、クマは、このシカを目当てに、たびたびこの場所に来ていた可能性があるとみられています。
また、3月12日に札幌市南区白川の果樹園近くで目撃されたクマについても、札幌市は、木の根元に埋まったシカの死がいに執着していたと見ています。
クマとのいい距離の保ち方を考えるためには、シカも無関係ではないようです。
「クマとまちづくり」プロジェクト(※)のメンバー・北海学園大学のともきが取材しました。
連載「クマさん、ここまでよ」
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2年前、大学2年生の秋。
運転免許をとって1年ほどだった私は、ほとんど夜に車を運転した経験がありませんでした。友人と洞爺湖に行った帰り道、慣れない夜道の運転で感じた驚きは、今も忘れることができません。
ハイビームで走っていました。それでも、道路にシカがいることに気づいたのは、かなり近づいてからでした。
こちらにおしりを向けていたシカ。想像以上に筋骨隆々で、その剛健さに恐れ入ってしまうくらいでした。
気づくと、道路上にもう1頭、さらに左右両方の路肩にシカがびっしりと集まっていました。
幸い、スピードを落として走っていたのでぶつかることはありませんでしたが、こんなにたくさんのシカがいたのに近づくまで気づけなかったことに動揺しました。
ふと我に返ると、「シカと衝突したらどうしよう」という不安が一気に押し寄せてきて、そのあとのアクセルを踏む足は竦んでしまい、ハンドルを握る手は汗でびっしょりでした。
少し走ると、また次のシカの群れがいました。今度は、暗闇で目が光っていて、先ほどよりも早く気づくことができました。
シカがこちらを向いていれば目が光るけど、先ほどのようにおしりを向けていたら、気づきづらい…緊張感が高まります。
その頃は紅葉の季節も終わりに近づいていて、葉が落ちた木の枝がシカの角に見えるほどでした。その後は、シカに怯えながら運転することになりました。
去年10月、テレビでシカがからむ交通事故のニュースを目にしました。
道東の標茶町の国道で、午後5時前の日が沈んだころ、ワゴン車とトラックが正面衝突した事故です。
当時のニュースでは、ワゴン車に乗っていた2人が死亡、トラックを運転していた1人が意識不明の重体と伝えていました。
さらに、現場ではメスのシカ1頭が死んでいて、警察はワゴン車がシカと衝突したはずみで対向車線にはみ出したとみて調べている、ということでした。
シカとの事故で、これだけ大きな被害が出るのだと、衝撃を受けたことを覚えています。
その翌月、私が乗っていたJRがシカとぶつかったこともありました。
シカと人の問題を身近に感じるようになってきたころ、「クマとまちづくり」プロジェクト(※)の活動の中で、札幌市南区石山のクマ出没のニュースが話題になり、「シカがクマの出没にも関係しているのかも」と聞きました。
そこで、シカがどれだけ問題になっているのか、より詳しく知りたいと思いました。
札幌市民である私は、交通事故を含め、市内で起きているシカの問題を知りたいと思い、札幌市環境局環境共生担当課の清尾崇(せお・たかし)さんにインタビューの機会をいただきました。
清尾さんは、エゾシカは「一夫多妻制で繁殖力が高く、群れで行動することが多い」と話していました。群れのうち数頭が道路を渡った後に、車が通りすぎようとすると、さらにシカが道路を渡って来てぶつかる事例もあるということです。
思えば、私が運転中に見たシカも群れで行動していました。一頭見た後は、ほかにもいるかもしれないという意識で運転することが大事だと感じました。
清尾さんからは、夏に札幌にいたシカが冬に向けて支笏湖の方向に移動することもあるという話も聞いて、私が見たシカたちは同郷のシカだったのかもしれないと思いました。
清尾さんによると、交通事故以外にも、エゾシカの農業被害が深刻だといいます。
札幌市南区の果樹園で、果樹の樹皮を食べられる被害があり、「毎年被害にあっていたら農家を続けられないほど深刻な被害」と話していました。被害額はほかの地域と比べると少ないものの、「農家の生活ができなくなることは大きな問題」と見ているといいます。
札幌でも住宅地への出没情報が年間100件ほど寄せられていて、交通事故の件数も年々増えているといいます。グラフを見ると、南区が最も多く、次いで清田区での事故が多いことがわかります。
北海道全体のデータも調べてみました。道警が発表している「エゾシカが関係する交通事故の発生状況」によると、去年は事故件数が4480件と過去最多でした。一日平均すると12件ほど起きていることになります。
事故は10月に多く、夜に起きた事故が全体の8割以上を占めているといいます。時間帯で言うと最も多いのが午後6~8時で約3割、次に午後4~6時で約2割ということです。
この件数の多さを聞くと、自分が事故の当事者にならないとはいえない、と感じました。夜は特に気を付けなくてはいけないと感じます。
清尾さんは、「シカとの衝突事故は、事故を起こした本人ではない、通りすがりの人から連絡が来る場合もある」と話していました。
事故にあったシカを放置すると、「クマを引き寄せる可能性がある」といいます。
清尾さんによると、おととしの春、札幌市内で交通事故にあったシカの死がいが「いつの間にかなくなっていた」と連絡があったそう。死がいがあった場所には、引っ張ったような痕跡が残されていました。
札幌市が調査に入ると、近くでシカの死がいが食べられた後の骨や、クマのフンが見つかったといいます。
「間違いなくクマが食べた痕だった」と清尾さんは話します。
「シカの死がいを放置しておくと、クマが来てしまうことがあると、この事例からわかった」
その後、シカの死がいをすべて回収すると、クマが戻ってくることはなかったといいます。
私は、もし自分がシカとぶつかってしまったとき、通報などを何もせずに放置してしまったとしたら、クマが道路に近づいてきてしまう可能性があり、さらに、もしそこが住宅地に近ければ、クマが住宅地に入ってきてしまう原因になってしまうのかもしれないと思いました。
事故にあったシカを放置すると、次に通った車がぶつかるなど二次被害があるかもしれないとは想像していましたが、クマが来るかもしれないというのは初めて知り、より通報の必要性を感じました。
私は清尾さんにインタビューするまでは、シカと交通事故に遭うことに恐れを抱いていましたが、当事者になったときにどうするのか、弱ったシカを放置しておくとどうなるのかまでは考えることができていませんでした。
去年から「クマとまちづくり」プロジェクトに関わったことで、考え方が、「私とシカの1対1」の関係から、「私たち人間とシカとクマ」という関係まで広がりました。
クマやシカなどの野生動物と、人の生活。
その距離感の感じ方は、どこに住んでいるかによって違うのかもしれませんが、自然豊かな北海道では、一歩動くと距離が一気に縮まることもありますし、年々、道内のいろいろな場所で距離感が変わってきています。
北海道で生きるということは、野生動物と生きるということ。
札幌の中心部に住んでいたとしても、それは共通で、私たちの生活のどこかが野生動物とつながっているのだということを学びました。
文:「クマとまちづくり」プロジェクトメンバー・ともき
編集:Sitakke編集部IKU
※「クマとまちづくり」プロジェクト
HBCと北海学園大学が連携する「もんすけラボ」の活動の一環でスタート。クマの生態にくわしい酪農学園大学の佐藤喜和教授、札幌市、クマに関心のある学生たち(北海学園大学、酪農学園大学、北海道大学)、HBCで、地域の方々のお話を聞きながら「クマとまちづくり」について考えています。
連載「クマさん、ここまでよ」
「クマとまちづくり」プロジェクトを通して学生たちが感じたことや、道内各地からの学び、クマに関わる人の想いなど、「クマとのいい距離の保ち方」を考えるヒントをお届けしています。