2022.09.19
暮らす車のサイドミラーに前足をかけるクマ。先月、北海道の知床半島で撮影されました。
知床財団によると、ここは国道334号線=知床観光自動車道の知床峠と羅臼湖入口の間。
この車の人が餌をやろうとしたわけではなく、ほかの場所で餌付けされたことも確認されていないということです。
ヒグマの生息地である知床。人とクマが近づきすぎる事例も、たびたび起こってしまっています。それはいまや、知床だけではなく、全道の課題となりました。
人とクマの距離を保つために、何ができるのか。知床で蓄積されてきた知恵から考えます。
連載「クマさん、ここまでよ」
もしも、車に乗っているときにクマに出会ったら、どうしたらいいのでしょうか?
知床の自然が満喫できる観光地のひとつ、「知床五湖」では、今月から、入園者にこちらのカードを手渡しているといいます。
裏面に書かれているのは、車でクマに出会ったときの対処法です。
① なるべく手前で距離をとろう
② 車の中にいよう
③ 窓をしめよう
④ スピードを落としてすみやかに通過しよう
「クマを見たい」と、すぐ近くで長時間眺めたり、窓を開けたりしてはいけません。もちろん餌付けはもってのほか。
対処法を知らずにドライブしていて、クマが近づいてきたら焦ってしまうと思います。まずは自分たち、そしてほかの人やクマの命を守るためにも、この対処法を覚えておいて、落ち着いて行動しましょう。
では、歩いているときに、クマに会ったら、どうしたらいいのでしょうか?
それを教えてくれたのは、こちら…
トコトコと走ってきたのは、知床からやってきた「クマ」。
「みなさんこんにちは、クマさんです」と、札幌の地下歩行空間に集まった人たちに挨拶をして、場を和らげます。
このクマさんが現れたのは、先月、札幌で行われた「ヒグマレクチャー」。主催は、知床ウトロ学校の9年生・8人です。小中一貫校で、中学3年生にあたります。
この日は修学旅行の初日。彼らは小学生の頃から、毎年、知床財団によるクマの授業を受けていて、その知恵を札幌の人たちにも伝えたいと、イベントを企画したのです。
会場に選んだ地下歩行空間は、人通りが多く、幅広い世代が訪れるものの、誰かが足を止めてくれるかは当日にならないとわかりません。イベント開始時間直前まで、席に座っている人はおらず、「もし誰も来なかったら…」と不安を口にする生徒も。
しかし、スライドに大きく「ヒグマレクチャー」と映し出すと、ひとり、またひとりと集まって来ました。初対面の大人たちを前に、マイクを握ります。
まず話し始めたのは、クマの生態について。
「人の赤ちゃんは3000gくらいですよね。実はヒグマの赤ちゃんは400gくらいなんです」と伝えます。あれほど大きなヒグマが、赤ちゃんのころは人よりも小さい…ぐっと身近に感じさせます。
そして、知床から持ってきたクマのフンの内容物を、ひとりひとりに見せて歩きました。クマのフンには、食べたものの形が残っているので、知床の雄大な自然の中で植物を食べている暮らしが見てとれます。
知床ウトロ学校の8人にとって、ヒグマは幼いときから同じ自然を共有してきた、身近な存在。いっそう声に力を入れて話したのは、「ヒグマと人の関係」です。
彼らには、「クマに会ったらどうするか」よりも前に、伝えたいことがありました。
自然の植物を食べていたクマが、観光客にソーセージを餌付けされたことで人慣れし、市街地に入り込むようになったとき。クマは今彼らが通う学校のすぐそばで、駆除されました。
それは1997年の話。生まれるより前の出来事なのに、彼らは感情を込めて訴えました。
「ヒグマは人に危害を加えることもあります。しかし人がその原因を作っていることもあります。まずは住宅街にクマが出てこないための努力を僕たちがする必要があります」
彼らの力強い声に、イスに座っている人以外にも、通りがかりの幅広い年代の人たちが、ふと足を止めて、耳を傾けていました。
「エサやりをしない、クマと間隔をとる行動をして、ヒグマと人の共存を目指していけたらいいなって思います」という訴えに、うなずく人も。
「クマと近づきすぎないため」にできることを学んだ後で、いよいよ、クマさんの出番です。
配ったのは、クマやシカとの適切な距離がわかるカード。手を前にピンと伸ばした状態で、クマのイラストの横に空いた、小さな四角の枠の中にクマがおさまる距離が限度です。
この枠に収まらないと「近づきすぎ」。クマさんは、「その小さい枠に私たちクマが入るように、自動車10台分くらい離れてほしいんですよね」と説明します。
それでももしもクマのほうから近づいてきたらどうしたらいいか、お客さんが体験して学びます。
じりじりと近づいてきたら…
走って逃げてはダメ!このようにクマのほうを見ながら、ゆっくり下がって距離をとります。警察官役の生徒に通報するまでを体験しました。
それでも、もしも攻撃されたら、この体勢。
クマさんは、「うつぶせになって、人の急所の首を手で守ってください」と説明します。けがを負っても、命だけは守るための、最後の手段です。
生徒たちの発表を聞いた、札幌在住の女性は、「山に登ることがあるので、クマに出会ったらどうしようといつも思っていて、通りがかりで聞いてみました。彼らはクマと一緒に暮らしているのだなあと、どう共存していくか一生懸命考えているんだなと実感しました」と話していました。生徒たちのメッセージを受け取って、「食べ物を絶対クマに与えない」とも宣言していました。
ウトロ出身で、現在は札幌在住の男性も聞きに来ていました。「うちらがやってきたことをそのままみんなが伝えてくれた。受け継がれているというより、毎年毎年、子どもたちが一生懸命考えているんです。観光客がゴミを投げていくから動物が集まってくるでしょう、でもその後始末は地元の人がしなきゃいけない。だから札幌でものを投げないでほしいと伝えてくれたのはよかった」と話していました。
主催した生徒のひとりは、「話を聞こうとしてくれているだけで嬉しかった」と笑顔を見せます。「今まで私たちが(知床財団から)教えてもらう側で、次からはどんどん色んな人に広めて、どんどんヒグマのことを知ってもらって、安心して暮らせるようになってほしいと思いました。これからも、油断したらだめなので、習ったことを生かしていきたい」
知床で大人から子どもへと、代々受け継がれている「クマとの共存」との知恵。そんなクマ対策の先進地があることは、北海道にとって、大きな財産です。
その蓄積された知恵をひとりひとりが学びとり、広めていくことが、北海道全体の魅力と安全を守ることにつながるのではないでしょうか。
連載「クマさん、ここまでよ」
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