2022.08.08
暮らす道内で相次ぐ、クマの出没、深刻な被害。
HBCでは、クマの専門家や、クマ対策に関心のある大学生、札幌市に協力いただき、「クマとまちづくり」を考えるプロジェクトを始めました。
まず試みたのは、「草刈り」の効果を可視化すること。
前編の事前調査につづき、この記事では、草刈り当日の様子と、気づきをお伝えします。
連載「クマさん、ここまでよ」
今年度からスタートした「クマとまちづくり」プロジェクトには、酪農学園大学の佐藤喜和(さとう・よしかず)教授や、クマ対策に関心のある学生、そして札幌市が協力してくれています。学生は、北海学園大学、酪農学園大学、北海道大学大学院から参加してくれました。
訪れたのは、札幌市南区真駒内。南町7丁目の町内会が、公園で草刈りを予定していると聞き、プロジェクトのメンバーで、その効果を調べたいとお願いすると、快く受け入れてくれました。
持ち込んだのは、クマの等身大パネル。
鼻先からお尻まで130センチ、足もとから肩まで、およそ90センチ。
住宅地でよく目撃される平均的な若いオスのクマの大きさです。
このクマを公園内の笹やぶの中に置き、どのくらい公園に近づくまで見えないか確かめると、場所によっては5メートル・10メートルの距離まで見えないことがわかりました。
クマと人がお互いに気づかずに近づき、ばったり出会うと、事故につながります。
草刈り当日。町内会とプロジェクトのメンバー、あわせて20人ほどが集まりました。
遊具に近い、笹やぶが生い茂っている場所に、クマのパネルを置きます。
一番奥、およそ20メートルの地点に置いたクマの目線は、この通り。
笹やぶしか見えず、この先に公園があるのは気づけません。
公園から見た視界は、こちら。
この中にクマが3頭いるなんて…まったく見えません。
これがどう変わるのでしょうか?
草刈りを始めて9分で、およそ5メートルの地点のクマがあらわに。
35分で、15メートルほどの地点に置いたクマも姿を現しました。
休憩も挟みながら、1時間ちょっとが経つと、約20メートル地点の3頭目のクマも丸見えに。
町内会のみなさんは、電動草刈り機で一気に刈っていき、1時間半ほどで公園全体がこのとおり!きれいになりました。
川のほうから見てみると…離れた公園が、見通せるようになりました。
町内会長の久保さんは、「見晴らしがよくなって良かった!クマもきっと来づらいと思っています。安心安全な暮らしをしていくためのひとつの方法としての地域の草刈りと思っているので、続けていけたらいい」と明るい声で話してくれました。
草刈りから1週間後の夜。公園に地域の子どもたちが集まっていました。
毎年恒例の、花火大会です。
この公園は、夏休みのラジオ体操や花火大会を行う、地域の憩いの場。大人たちが花火を打ち上げるたびに、子どもたちが空を見上げ、「わあ!」という歓声を上げます。
子どもたちの笑い声と、その姿を見守る大人たちの微笑み…この日常を守るために、クマとの距離をどう保つのか。
クマ対策は、「どんなまちに住み続けたいか」ということでもあります。
「クマとまちづくり」をいち早く実践する南町7丁目町内会のあたたかさ。その行動はこの地域だけではなく、ほかの地域にも効果が及ぶかもしれません。
2019年、江別や北広島、札幌にまたがる「野幌森林公園」周辺でクマの目撃や農産物の被害が相次いでいたのですが、実はこのクマ、野幌森林公園で目撃が始まる1か月ほど前に、およそ20キロ離れた真駒内公園で目撃されたのと同じクマだったことがわかっています。駆除された後、真駒内公園に残されていたクマの毛とDNAが一致したのです。
自治体をまたいで無数に広がる「みどりの回廊」。ひとり一人が自分の地域の「まちづくり」を考えることが、北海道全体の安全につながっていくのかもしれません。
町内会長の久保さんは、「本当は行政が草刈りをしてくれたら嬉しい。危険が伴うので、住民に強制はできないし、毎年は難しいとも思っている。あくまで有志で、2年に一度くらいで、続けられればいいかな」とも話していました。
一方で札幌市は、人数や予算の都合で札幌市内のすべての場所を行政だけでやるのは難しく、地域や学生と一緒にやることでクマを意識してほしいという想いもあるとして、「ここにクマは入ってきてほしくないというラインを一番わかっているのは地域の方。札幌市と地域で話し合ってゾーンを考えていくのもこれから必要なのではないか」と話します。
町内会長と札幌市の話を下川さんに伝え、クマ対策は誰がやるべきだと思うか、聞いてみたところ、考えながらこう答えてくれました。
「行政だけでやっていたら、地域の人が実感を持てないですし、行政プラス地域の方がやるのがいいのかなと思います。今回草刈りに参加していた地域の方に、『クマを見たことがありますか』と聞いたら、見たことがある人がいなかったんです。それでも『ニュースを見て』などで意識を持って参加してくれている人がいる。そういう人が、若い人とか、もっと参加してくれたら、クマ対策は進むのかなと思います」
今回の実験では、パネルを使って可視化できた草刈りの効果だけでなく、学生たちの言葉も印象的でした。
プロジェクトには、下川さんや、以前Sitakkeの記事でもご紹介した北海道大学大学院の伊藤さんなど、クマの研究をしている学生のほか、北海学園大学の、クマの専門知識を持たない学生たちも参加してくれています。HBCと北海学園大学で作る「もんすけラボ」(※1)のメンバーの中で、「クマ対策に興味がある」と手を挙げてくれた学生たちです。
彼らは下川さんや伊藤さんにクマの生態について質問しながら学んでいき、実験に際して、「大人目線だけではなく、子ども目線でも考えたい」と地域の方の動機に寄り添った提案をしたり、「専門的な調査は下川さんたちに頼る分、草はたくさん刈ります!」と意気込んでザクザク刈ったりと、自分にできることを探して取り組んでくれています。
クマについて「知らない」ところから、「知る」段階、「行動する」段階へと、楽しそうに進んでいく姿を目の当たりにして、こんなふうに前向きに「じぶんごと」にしていくことが、クマ対策のカギなのかなと、気づかせてもらいました。
草刈りだけで、クマの出没がゼロになるわけではありません。それでも、ただ怯えるだけではなく、私たちには「できることがある」と、前向きに考えてみませんか?
これから「クマとまちづくり」プロジェクトでは、学生自身も気づきをSitakkeで発信してくれます。ぜひ一緒に、「できること」をひとつずつ、見つけていきましょう。
連載「クマさん、ここまでよ」
※1:もんすけラボ
HBCと北海学園大学が2019年に開設した若年層向け協創型メディアシンクタンク「北海道次世代メディア総合研究所」の愛称。学生・教員とHBCスタッフがアイデアを出し合い、実践活動につなげています。
文:Sitakke編集部IKU
2018年HBC入社、報道部に配属。その夏、島牧村の住宅地にクマが出没した騒動をきっかけに、クマを主軸に取材を続ける。去年夏、Sitakke編集部に異動。ニュースに詰まった「暮らしのヒント」にフォーカスした情報を中心に発信しています
・「このクマが旭山動物園にいる、悲しい理由。クマが伝える、ヒトという生き物の姿【旭川クマ旅#3】」
・「「クマらしき動物」って?犬や人の見間違いだった事例も…「クマかも!」と思ったときの対処法」
・ 連載「クマさん、ここまでよ」