2022.05.21
深めるこの連載を読んでくださった方に、わたしから質問があります。
毎回、冒頭で「きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダー」「ちかさんは、からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけ」と、説明をしてきました。
でも、読んでいるうちに、2人の性別や、2人がどんな性別の人が好きかということを、気にしていない瞬間はありませんでしたか?
性別に限らず、年齢、国籍など、自分と“違うカテゴリーにいる”と思う人たちについて考えるとき、つい「わたしたち」と「あのひとたち」と分け、ことさら違いを強調してしまうことがないでしょうか。でも、わたしはきみちゃんとちかさんを見ていて、何度も「違わない」と思いました。
新しい命が宿ったことを喜び、慈しむ。おなかの中の赤ちゃんの成長を、喜ぶ。無事に生まれるか、その将来は明るいか、つい不安にもなる。そして命が失われたことを、悲しむ。
一緒に同じ気持ちになったとき、そこに「違い」は、なくなっているのではないでしょうか。わたしが羅希ちゃんに、気づかされたことです。
きみちゃんとちかさん、そして2人を支える多くの人たちが、時に悩み、葛藤しながら取材に答えてくれました。今の社会では、人生をかけた、とても勇気のいることだと感じています。
インターネットでは、「気持ちが悪い」などという書き込みがあったこともあります。2人が周囲から取材を受けるのを辞めるよう示唆されたこともありました。それでも2人は、「自分たちの姿を見せることで同じような悩みを抱えた人のためになれば」と、とことん取材に向き合ってくれました。
誰かを好きになる、誰かと生きていく、誰かと家族を作る。それは誰もが思っていいことで、まわりからも大切にされるべき願いです。それなのに、性別という枠で、一方的に踏みにじられている想いがあるのが、現実です。
誰にでも、あなたと同じように、喜び、悲しみがあるということを、ちかさんときみちゃん、そして羅希ちゃんを通し、思い出してもらえると幸いです。
※2023年、2人から嬉しい知らせが届きました。連載の続編として、次回の記事でお伝えします。(2023年10月8日ごご9時ごろ公開予定です)
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連載「忘れないよ、ありがとう」
文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。記者歴4年。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。
■こころが男性どうしのふうふと、新しい命を見つめた連載「忘れないよ、ありがとう」