2022.05.21
深めるその後も、わたしは何度か2人の家を訪れています。
羅希ちゃんがいた部屋には、骨壺が置かれていました。わたしが抱っこしたときに着ていたパーカーが、脱ぎっぱなしのように、置かれたままになっていました。絵本やお菓子は、増えています。
「おもちゃを見たら買ってしまったり、まだ実感がない」
「パーカーは洗うことができてなくて、もう少し時間がかかると思う」
きみちゃんは、仏壇の方を見つめながら答えました。
大晦日に会ったときも、不自然に笑顔が多かったきみちゃん。「我慢したりしていた?」と尋ねました。
きみちゃんは小さくうなずきました。
「何回も泣いたのが事実。診察・診断されて、ちかさんに連絡したときも、入院してすぐの夜にも泣いた。出産後にも泣いた。あとは出棺のときも、まわりの人が声をかけられないくらい、めちゃめちゃ泣いてしまった。今でもやっぱり、夜になると寂しくなってしまう」
そして懐かしむような表情で、こう続けました。
「愛おしかったです。自分のからだにいた、一緒に生を感じていた。やっと会えたなって言う気持ちでした」
ちかさんは、言葉を選びながら、ゆっくりと話しました。
「やっぱり出産ってなったときに、自分は何もほとんどできなかった。きみちゃんは涙もろかったりするから、支えてあげなきゃと思う」
「まずはおつかれさまっていう言葉と、これからもよろしくお願いしますっていう思いでいます」
きみちゃんは、ちかさんと付き合う前は、男性ホルモンを注射してからだを男性に近づけていて、性別適合手術も受けるつもりでした。しかしちかさんと話し合い、2人の子どもを産みたいと考えて、中断していました。
しかし、妊娠・出産は、からだが女性であることを強く意識させます。そこに葛藤はなかったのか…。
ずっと聞けずにいた疑問を投げかけると、きみちゃんは今まででいちばん、真っすぐにわたしの目を見つめて、抱えてきた想いをひとつひとつ明かしてくれました。
子どもが大好きで自分の子どもがほしいと思ったけれど、女性のからだを使って妊娠することに葛藤があったこと。妊娠して産むと決めたけれど、変わっていくからだに自分が耐えられるか、不安で押しつぶされそうになったこと。メディアに出た後、SNSで「中途半端」だと言われたこと。
「世間から、父親と母親っていう概念がどうとか、子どもがいじめられるとか、子どもがかわいそうって言われていた。そんなことない、そんなことさせない、そうじゃないっていうところを、ちかさんと見せていきたいと思っていた」
きみちゃんは、初めてわたしの前で涙を見せました。
羅希ちゃんがおなかの中にいた時間には、決してつらいことばかりではなく、うれしい発見もあったと、きみちゃんは何度も話していました。
「病院は特別っていう雰囲気を出さずに接してくれたのがありがたかった」
「自分のからだの変化は葛藤すると思っていたけど、子どもに会えることを考えるとネガティブにならなかった」
きみちゃんは、当面、からだを男性に近づける治療は再開しないと決めました。子どもを産み、ちかさんと育てていく将来を、具体的にイメージできるようになったからだといいます。
「もし次の子どもが産まれても、羅希がいたんだってことを伝えて、自分たちの中で存在を絶やさないようにしたい」
ちかさんも「長女っていう存在で心の中で生き続ける。次の子が産まれても、羅希との経験は伝えていこうと思う」と、噛みしめるように話していました。
■こころが男性どうしのふうふと、新しい命を見つめた連載「忘れないよ、ありがとう」